青空から始まる恋 | ナノ


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瞼を開いて一番に瞳に写ったのは真っ白の天井だった。あぁ、きっとあれは夢だったんだ。そうだよ、直太がいなくなるなんて有り得ない。ほっと一息吐くと瞼を再び閉じようとして激痛が右目に走った。

「…う゛、…ぁっ!」

再び瞳を開けば、本来右目で見えていた視界の部分が真っ暗である事に漸(ようや)く気づいた。それはつまり、直太がいなくなった事が夢なんかではないという事の証明で。

「な…お、た…ど、こ?」

あれは嘘に決まってる。直太は俺を驚かす為に何処に隠れているに決まっている。きっとそうに違いない。そんな根拠のない自信を持って俺は真っ白なベッドから抜け出した。

「…あ、れ…?」

ふらり、と足元から崩れ落ちた。立ち上がりたいのに足に力が入らない。手すりに捕まりたいのに腕に力が入らない。あの時は理由が解らなかったけど、今なら解る。麻酔が効いていたんだと。それでも半ば動かない体を引きずるようにして真っ白な部屋、つまりは病室を抜け出た。その途端に、一番俺達を愛してくれた彼女の悲鳴に近い泣き声が聞こえた。

「母さ…ん…!?」

響いた声のする方へ俺は体を引きずって進む。何だかとてつもなく嫌な予感がする。言い表しようのない不安が俺を支配して、呼吸が不規則になる。それでも俺は足を必死に進める。

「…え、…な、ん…で…?」

扉を一つ開けた先の空間には真っ白な布が被せられた一つの小さな体。その隣で泣き叫ぶ母さんの姿。そんな母さんを支えるようにして同じく泣いている父さん。

「直太!直太!嫌あぁぁああぁぁ!!」

母さんが泣き叫びながら口にするのは直太の名前で。直太と呼ばれた小さな体はピクリとも動かない。歯がガチガチと鳴って五月蝿い、心臓がバクバクと五月蝿い、頭の中が真っ白になる。

「………直、太」

ぱさり、と布を取り払えばそこにいたのは間違いなく双子の直太で、蒼白い顔、紫に変色した唇、真ん丸で愛らしかった瞳は固く瞼で閉ざされたままで。

涙が頬を伝った感触さえ解らなかった。

「あ、…あぁ…わぁあぁあああ!!」

頭の中が真っ白になった。いつだって俺を心配してくれた直太はもういない。俺に優しく微笑んでくれた直太はもういない。俺の大切な双子の半身はもういない。もう、いないんだ。




泣き叫んでいた俺の頬を突然熱く刺すような激しい痛みが襲った。麻酔で痛みなんて解らないはずなのに確かに痛いと感じた。紛れもなく俺を打ったのは母さんの右手で。いつだって俺達を愛してくれた母さんの右手だった。

「あなたが!あなたが直太を殺したようなものよ!あなたが直太をあんな場所に連れて行ったから!」
「母さん!止めなさい!!」

泣きながら叫んで俺を責め立てる母さんを父さんが抱き寄せて止める。それでも母さんの怒りでギラギラと光る瞳は俺を見据えて離さない。

「…あんたのせいよ…あんたの…!」

その瞳は、本気で俺に対して怒り狂っている瞳で、本気で俺を恨んでいる瞳だった。今まで俺が見てきた母さんからは想像出来ないくらい別人のようで。

「ご、めん、なさっ…ごめんな、さいっ…ごめんなさい…!」

絶対に許されるはずなんてないけれど、ただ泣きながら謝る事しか俺には出来なかった。俺が謝っても直太は還って来ない。俺が泣いても直太は戻って来ない。そんな事は、俺が一番解っているのに。真っ白い布を被せられた直太の体は凍えるように冷たくて、固く閉じられた唇からは「大好きだよ」と言葉を紡いでくれる事は二度とない。全部、俺が悪いんだ。



(俺達は二人で一つの存在だった)(今でも勿論そうだよ)(直太がいないと俺は存在しないんだ)(もう既に狂い始めていたんだ)




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