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以前秘密基地を訪れてから一週間が経った。だから今日も俺と直太はあの場所に行ったんだ。ただその選択が間違いだと解ったのは全てが狂った後だった。 「直太、行こう!」 「涼汰、待ってよ…!」 昨日は大雨が降ったらしく、朝のニュースでは土砂崩れや地盤沈下などの難しい話題ばかりだった。それをを気に留める事なんてするはずもなく俺達は毎回のように秘密の場所に足を運ぼうとした。青々と茂る木の葉や蜘蛛の巣に雨粒が付着して、まるで水晶みたいで綺麗だった。昨日の低気圧のせいか空はどんよりとした曇り空で気分が乗らなかったけど隣に直太がいれば、俺はそれでよかった。 「涼汰ー…帰ろうよー…」 いつになく直太は弱気で何かに怯えている様子だった。そんな直太の心情を察する事が幼い俺に出来るはずもなく、いつものように直太の腕を引いていつもの道のりを二人で歩く。この時に直太の心配を察して引き返せばよかったんだ。 「いいから!早く、早く!」 いつもの獣道を抜けて、石切場に出た。今日も作業員の人達は休憩時間の最中らしく現場には誰もいない。石切場の岩が剥き出しの細い道を二人で歩いていた丁度その時だった。 「……え、?」 ずるり、と昨夜の雨で濡れていた道を滑ってしまった右足。当然バランスを崩して俺の体は右に傾く。その一瞬が酷くスローモーションに感じた。視界いっぱいに広がる灰色の曇り空。 「っ…涼汰!!」 直太の声が灰色の空に響いて左手が捕まれた。だけど同じくらいの体重の俺を直太が支えきれるわけなんてなくて。俺達は手を繋ぎ合ったまま岩肌を転がり落ちた。剥き出しの岩が俺の皮膚を削ろうとも、斜面に生えている木々の枝が肌を引っ掻こうとも必死に繋いだ左手を離さないように力を込めた。俺と直太は落ちる、落ちる。果てしなく心地悪い浮遊感。 「…う、……っ」 瞼を開いて初めに見たのは直太の紺色のトレーナーのプリントロゴだった。英語でプリントされているそれは泥と真っ赤な血でぐちゃぐちゃに汚れている。その赤色が俺の血である事を悟ったと同時に鋭い痛みが俺を襲った。 「う、あ゛あ゛!…痛い!…目、が!」 見える世界の右半分が真っ赤に染まっている。焼けるような激しく鋭い痛みが右目を襲う。例えようのない痛みに耐えきれなくて土に爪を立てたけど何も変わらない。 「…、…涼汰…」 俺が悲鳴に似た悲痛な叫び声を上げていた最中でも直太の声ははっきりと耳に届いた。直太の方に振り返ると理解出来たのは最悪の事態だった。 「…な…、お…た…?」 仰向けに倒れている直太の頭部からおびただしい真っ赤なドロッとした血が流れ続けている。直太の左足は有り得ない方向に曲がってしまっていて骨折している事は明白だった。 「ぁ、…あ…あ……」 俺の口からは言葉ではなく音が漏れる。怖い怖い怖い怖い怖い!言い表しようのない莫大な不安と恐怖が俺を襲う。右目の痛さなんて直ぐに忘れてしまった。それほど、直太の体に起こっている異常が怖かった。 「…涼汰…、…み、ぎ目…が」 するり、と直太が俺の右頬に触れるように手を伸ばす。こんな時まで俺の心配をしている直太を疑った。だって現に今の直太は子供の俺が見ても解るくらいの大怪我で。 「なお、た…直太…い、やだ…」 左目で見える世界がぼやける。視界を遮っている物が涙である事に気付いたけれど、そんなのはどうだっていい。俺の目の前で起こっている事の方が遥かに重大だったから。 「…ねぇ、涼汰」 直太が何処か遠い場所に行ってしまうような不安が止まらない。怖い怖い怖い怖い!誰か、誰か、誰か!嫌だ、怖い。もう頭の中はパニック状態でまともな考えは出来なかった。相変わらず涙は止まる事を知らないように流れ続ける。 「……な…かな、い…で」 こんな状況で泣くなという方が無理だ。だって俺の大切な双子の兄弟がこんな大怪我で、血が沢山流れているのに。 「…わ、ら……って…」 笑う?それも無理だ。だって今の俺には泣くしか出来ない。直太の流れる血を止める事も、直太の曲がった左足を治す事も何も出来ない。 「…ご、め…んね……ねぇ、…涼汰……、涼汰な…ら、でき…る…よ……だ、いじょ…ぶ」 何で直太が謝るの?悪いのは全部俺だろ?今日だって直太を無理矢理連れて来たのは紛れもなく俺だ。何が大丈夫なの?何が出来るの?直太の言いたい事が解らないよ。いつもみたいに耳元で囁くように教えてよ。あの柔らかい声色で。 なかないで。わらって。ごめんね。ねぇ、涼汰。涼汰ならできるよ。だいじょうぶ。 それは俺が最後に聞いた直太の声と言葉だった。まるで糸が切れた人形のように俺の右頬に触れられていた直太の手がコトリと地面に落ちた。それが何を表すのか嫌でも解る。永遠に直太と離ればなれになってしまった。 「…な、…お…た?」 「…なぁ…、っ……おき、ろよ…?」 「お…いっ、やくそく、した…だ、ろ?」 「…なん……で」 「うゎああぁああぁぁあ!!!」 (それからは何も覚えていない)(最後に聞こえたのは沢山の足音が近づく音)(最後に感じたのは)(直太と繋いだ左手の暖かかった感触だけ) |
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