青空から始まる恋 | ナノ


19




《涼汰》
《ねぇ、涼汰》
《やくそくやぶっちゃダメだよ?》

もう駄目なんだよ。俺は直太との破ってしまったんだ。ごめん、ごめんね、直太。俺が全ていけなかったんだ。俺がいたからあの人はおかしくなってしまった。

《…涼汰、やくそく、おぼえてる?》

もちろんだよ。直太との約束を忘れた事なんて一日もなかった。あの晴れた日に二人で交わした約束だろう?あの時にはあの人も優しかった。

「いつか…試合しよう、だろ?」
《ちがうよ、涼汰》

少しだけトーンが低くなって悲しそうな声色に心臓がチクリと痛む。違う?約束はこれじゃなかったのか?必死に記憶を漁っても直太との約束はこれしかない。

《涼汰…》

悲しそうな声色と哀しそうな瞳に胸がザワリと波立つ。違う、俺は直太にこんな表情をさせたいわけじゃないんだ。ただ俺は直太に…。




「…な…お、た」

重い瞼を開くと白い見慣れた天井が俺の瞳に写った。散々好き勝手に暴れた俺はどうやら疲れてベッドで眠ってしまったらしい。そんな自分を情けなく思いつつも再び布団に潜り込んだ。ピンポーン、と単調なインターホンが来客を告げた。俺、鍵掛けたっけ?家に帰って来てからの記憶を探っても鍵を掛けた記憶はない。強盗だったらどうしようという不安なんて今は無に等しかった。自暴自棄という言葉が今の俺には相応しいだろう。再び鳴り響くインターホンの音を同じように俺は無視する。宅配業者だとしたら諦めて帰るだろう。なんて考えが甘かった。ガチャリとドアの開く音が聞こえて誰かが入って来た。

「…涼汰…先輩…?」

誰かじゃなくて赤也だ。何故赤也が俺の家に来たのか疑問だが、そんな事は今はどうでもよかった。別に赤也が来たからと言って布団から出るなんて事はしない。散乱した物を片付けようなんて思えない。

「な、んだよ…これ…」

案の定赤也は散らかった家具や物を見て困惑したように呟いた。赤也は廊下にいるらしく俺のいる寝室にまでも声が聞こえる。何で来たんだよ。もう放っといてくれ。

「っ…涼汰…!?」

ドタバタと赤也が部屋中を探す音が聞こえる。どうやら俺を探しているらしい。探さないで、放っておいてよ。バタンと俺がいる寝室のドアが開かれた。俺は布団を被っている為に赤也や部屋の様子が見えない。

「…涼汰、先輩?」

そっと赤也の指先が布団越しに俺の背に触れた。以前は暖かいと思った赤也の指先さえも今では鬱陶しくて仕方ない。

「触るな」

自分で思っているよりも冷たくて低い声が口から出た。ビクリと俺に触れていた赤也の指先が震えた事が解る。赤也が傷付いたかもしれないのに俺は何とも思えない。今は自分の事で精一杯だから。

「…今の俺じゃ赤也に何するか解んねぇから、帰れ」

それでも心の奥では赤也をこれ以上傷付けたくなくて言葉を紡ぐ。早く帰ってくれよ。今の俺は誰にも会いたくないんだ。誰の声も聞きたくない。聞きたいのは直太の声だけ。

「…嫌、です」

小さくぽつりと赤也が呟いた声は俺の耳に届いた。その瞬間に激しい苛立ちが俺の胸中に発生してそれを抑えるだけで今は精一杯。

「帰れって言ってんだろ」
「…涼汰先輩が…苦しいんなら…一緒に、いたいです」

限界だった。勢いよく被っていた布団を剥ぎ取るとベッドの側にいた赤也を無理矢理引き込んだ。突然の強い力に赤也は敵うはずもなくベッドに倒れ込む。ベッドに倒れ込んだ赤也の上に覆い被さると赤也のネクタイを荒々しくほどく。

「え、…なっ…ちょっ…!」
「だから帰れって言ったんだよ…!」

赤也が戸惑うような声を上げても止める気なんて全くない。何でもいい、誰でもいい。自分勝手な考えだけどこの苛立ちを誰かにぶつけてしまおう。例えば目の前の赤也に。

「…涼汰…せ、んぱ…!」

ほどいたネクタイを床に投げ捨てるとカッターシャツに手をかけて勢いよく赤也の首筋に吸い付いた。いつもならゆっくりと優しく抱くのに今は別だ。何でもいいから壊したい。何もかもぐちゃぐちゃにしてしまいたい。


「涼汰っ…だ、いじょうぶ…俺は、涼汰の…味方だ、から…っ」


息も絶え絶えに赤也が呟いた。赤也の首筋から顔を上げると当の本人は優しく俺に微笑みかけた。優しい手つきで赤也の手が俺の頭に回って赤也の平たい胸にゆっくりと抱き寄せられた。

「…っ!」

「大丈夫…何も、怖くねぇから…」

まるで赤子を安心させるように俺の頭を撫でながら赤也は俺に言葉を紡ぐ。大丈夫、怖い物は何もない、と。先程までの苛立ち等が全て何処かに飛んで行ってしまったような気がした。それと同時に目頭が熱くなったのが解る。

「っ…あ、…かや」

俺の視界は段々と滲む。こんな情けない顔を見られないようにと赤也の胸板に額を押し付けた。俺は先程何をしようとした?無理矢理赤也を犯そうとしていた。誰よりも俺を心配してくれた赤也を、俺は。

「ご、め…ごめんっ…赤、也…俺、」
「ん。大丈夫だから、な?」

ぽんぽんと頭をやんわりと叩く赤也の行動に更に視界が滲む。情けない。俺は何をしていたんだ。俺は何を考えていたんだ。悔やんでも悔やみきれない後悔の念が俺を襲う。謝っても赤也は俺を責める事はしない。いっそのこと責めてくれたら楽なのに。

「あか、や…聞いて、くれる…?」



(今なら素直に言える気がした)(古い記憶を引っ張り出そう)(今なら大丈夫、怖い物は何もない)(昔話をしましょうか)




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