青空から始まる恋 | ナノ


17



目を開いて一番に視界に入ったのは青色だった。続いて赤色。視界いっぱいの青空の隅にチラチラと姿を現す赤色を目だけ動かして確認すればブン太の髪だと漸く理解出来た。俺はコートに横になっているらしく、背中に接している砂の冷たさが妙に心地よかった。だけど頭だけは砂に接している感触がしなくて、動かない体の代わりに瞳だけを動かして辺りの様子を探る。頭が砂に付いていない理由が解った。ブン太の膝が俺の頭の下にあるからだ。つまりは膝枕の状態。地面に足をつけているから当然痛いはずなのにブン太は俺の頭を膝に乗せていた。ブン太は俺ではなく前を向いている為に俺の目が覚めた事に気づいていない。。ブン太の表情は緊張しているみたいで彼の目線の先には何があるのか今の俺には解らなかった。いや、直ぐに解った。

「何故言わなかった」

重く低い声が俺の耳に届いたから。周りが静かなのもブン太が緊張した表情をしているのも全ては真田が誰かを問い質しているからだ。それが誰なのかは横になっている俺からは確認出来ない。

「どうして黙っている」

低く重く深刻な声が辺り一帯を支配している。こんな真剣な真田の声を聞いたのは久しぶりだ。何に対して怒っているのだろうか。ぼんやりと霧がかかってしまったような頭で考える。

「そ、れは「必要がないと思ったナリ」

誰かの声を遮るようにしてもう一人の声が俺の耳に届いた。その二人の声の持ち主は俺がよく知っている人。

「涼汰に持病があると言ったら試合に出さんじゃろ?そうすれば立海の戦力が落ちる事は確か「病人に頼る程立海は落ちぶれておらん!」

真田の怒声がコート中に響き渡る。突然の大声にブン太は体をビクリと震わせた。真田が憤慨している原因は本人にその気が無くても雅治が立海を侮辱したからなのか、それとも…。

「っ、赤也!」

雅治の焦ったような驚いたような声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には何か別の音が俺の耳に届いた。それから仁王先輩!という赤也の戸惑いと驚きが混ざった声。何だか無性に嫌な予感がして動かない体に鞭打つと上体を起こした。ブン太は俺が突然起き上がったので驚いている様子だったけれど今はそんな事どうでもいい。目の前に広がった光景に俺はただ愕然とするだけだった。

「…な、に…して…んだよ」

俺が起き上がった事に驚いている人達の視線も、発作後特有の喉の乾きも、くらくらする頭も、ひゅーひゅーと鳴く喉さえもどうでもよかった。目の前に見えた光景、俺にはそれが許せなかった。

「…さ…な、だ…!」

何で雅治の頬が赤く腫れている?何で赤也は泣きそうな顔をしている?何で?俺に無理をしてはいけないと止める蓮二と柳生の声もブン太とジャッカルの焦ったように俺の名前を呼ぶ声にも振り返らず、俺は真田に歩み寄る。

「…こ、の…馬鹿真田…!」

ばちんと乾いた音が響いたと瞬間に俺は地面に崩れ込んだ。真田の頬は雅治程ではないが赤く腫れている。俺が殴ったから。殴った反動にも耐えれないなんて俺は弱いな。

「俺が…二人に…頼んだ、んだよ!絶対、に、他の人に、言う…なって!な…のに何で…雅治を殴ったんだよ!?」

たったこれだけの事を喋っただけなのに息が切れる。咳が出そうなのを必死に耐える。苦しいけれど今の俺の頭は怒りで真っ赤に染まっていて落ち着くなんて出来なかった。

「お前は、いっつも、そうだ…!自分の知らない所で…何かが起きる事が、嫌なだけだろ…!ただの餓鬼じゃねぇか…!」
「なんだと?」

流石に俺の言葉が頭に来たらしく真田が俺に掴みかかった。ユニホームの襟を掴まれて苦しかったけれど怖くも何ともなかった。むしろ、腹立たしい。

「そうだ、ろ?違うの「そこまでだ」

俺の言葉を遮って幸村が俺と真田に制止の声をかけた。俺は仕方なく真田に発しようとしていた言葉を飲み込み、真田は俺の襟から手を離した。辺りには気まずい雰囲気の空気が漂う。

「……俺、帰る、わ」

こんな雰囲気にしてしまった原因は俺だ。それに俺みたいな体調の悪い奴がいたら邪魔だろうから。その旨を伝えると幸村は渋々だが許可を出してくれた。ラケットもタオルも薬も何も持たずに俺はコートから出る。周りの視線が不快だがそんなの今はどうでもいい。呼吸が苦しい、心臓の不規則な脈拍が気持ち悪い。早くこの場から抜け出したい。コートの出入口と雅治と赤也がいる場所は逆で、話す事は出来ない。わざわざ話しに行く事はしない。話したかったけれど今ではこの不快な目線と脈拍と呼吸から逃れたい。

「涼汰…!」

後ろから名前を呼ばれて振り返れば秀一郎がいた。何の用がある?今は秀一郎とさえ話したくないんだ。早く逃れたいと俺の脳内が悲鳴を上げる。

「まだ…気にしているのか…?」




(秀一郎が呟いた声は俺の耳に届いた)(何を言っているのか直ぐに解った)(そして、その瞬間に俺の頭に血が上った)(例えるなら真っ赤な色に)


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