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「……っ!」 俺を見る秀一郎の瞳はあの日と全く同じで、一瞬で俺にあの日を蘇らせるには十分だった。黒い服を着た沢山の人々、沢山の色とりどりの花の匂い。真っ白い布、辺りからは涙ぐむ声。 「涼汰?」 「!…っ…何」 「いや、随分と顔色が悪いようだが…」 「…な、んでも、ない」 くそ。駄目だ。落ち着け。集中しないと。今は試合中で、この場には青学に加えて立海のメンバーがいる。知られるわけにはいかないんだ。 「ダブルフォルト!」 「くそっ…!」 序盤に比べて随分と重くなった体に、思い通りに動かない足と腕。まるで重りをいくつも着けているみたいに。サーブさえまともに入らない。動け、動けよ。 「ゲームカウント1-1!」 くそ。追い付かれた。どうしよう。どうすればいい?どうすれば足が動く?どうすれば腕が上がる?どうすれば…。 「ごめん、蓮二…俺」 「気にするな。これからが挽回だ」 迷惑なんてかけたくないのに。余計な心配なんてさせたくないのに。どうしよう。頭の中が真っ白になって何も考えられない。 「はぁ!」 蓮二がサーブを打って乾がそれを俺に向かって返す。先程のプレーを見る限り、俺に打球を集中させた方が勝率が上がると考えたのだろう。 「…っ!」 作戦通りに俺は海堂に返球する。打球の威力は1セット目より衰えてしまったけれど作戦を無視して乾に打ち返すよりはマシだろう。 「っ、」 「な…ドロップショット!?」 迂闊だった。技術面が完全ではないと予想してたが打てないわけではない。完璧に想定していなかった俺のミスだ。 「くそっ…間に合―――…」 心臓を誰かに掴まれたような気がした。 「涼汰!?」 「え!?」 「…涼汰、せ…んぱい…?」 ボールが俺達のコートに点々と転がっている。俺の手からはラケットがするりと力無く抜けた。突然足を止めた事に、ボールを追う事を中断した事に対する青学と立海の驚きの視線が俺に突き刺さる。 右目に写る映像全て。耳から聞こえる音声全て。肌に感じる風全て。それらの全てが一変した。目に見えるものは白黒の世界、聞こえるのは自分の心臓の音、感じるのは嫌な汗が背中を滑る感触。 「あの人…どうしたんすかね?」 「さぁ…おチビ何か解る?」 「全然っス」 「涼汰、どうした…?」 「…どうしたんだよぃ?」 「厘財?」 「え、涼汰先輩?」 《ほら、あの子よ》 《本当に…どうして…》 《あんなに仲が良かったのに》 《あの子が例の子よ》 《あんなに小さいのにね》 《可哀想にね…直太君》 「…ケホ…ッ…」 …止めろ。止めろ止めろ止めろ止めろ!!嫌だ、思い出したくない。思い出させないで。こんな声なんて消えろよ。聞きたくない。聞こえたくない。 《いいな、涼汰はテニスができるから》 《ぼくもいつかは、テニスするんだ》 《だから、やくそくしようよ?》 《なかないで。わらって。ごめんね。ねぇ、涼汰。涼汰ならできるよ。だいじょうぶ。》 「―――――――直、太」 全てが崩れた音が聞こえた。心臓がドクドクと速く脈打っていて、体中が熱い。肺が上手く機能しなくて酸素の取り入れ方が解らない。俺は今までどうやって呼吸していたっけ? 「――ゲホッ、ガッ!げほっごほ!あ゛」 息が出来ない、酸素が取り込めない、二酸化炭素が吐き出せない、喉が痛い、心臓が破裂してしまいそうに苦しい。 「う゛あ゛、げほっ!!」 (あの日俺は、俺が、俺はただ)(あの日も直太は、直太に、直太の)(そして俺と直太は二人でいつもと同じように)(あの場所にいて、いつもと同じように一緒だった) |
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