青空から始まる恋 | ナノ


14




「ウォンバイ立海!柳生6-0!」

やっぱり柳生の勝利か。例え相性が悪くても王者立海に負けは許されない。今の試合を観戦している間に河村の癖は全てインプット完了。あとは蓮二に伝えるだけ。眼帯を右から左に付け替えた。見えるのは右目、隠されたのは左目。一度だけ深呼吸して空を仰ぐ。見上げた空は蒼かった。雲なんて殆んどなくて、あの日とは全く正反対の天気だった。




「遅いぞ、厘財!」
「はいはい、すんませんね」
「試合にも関わらずなんだその態度は!」

俺は余計な体力を使いたくないから黙ってほしい。もう返事をする事でさえも面倒だ。不意に青学側ベンチから声が聞こえた。確かあれは、二年生の桃城だったかな。

「うっひょー…あの皇帝にびくともしないなんて…あの人、相当凄い人っすね」

そんな桃城の呟きは聞こえていないふりをして無視する。心の中で言い返すようで悪いけど真田なんて皇帝でもないよ。ただのオッサンにしか俺は見えない。

「あ、蓮二」
「何だ?」
「試合前で悪いんだけど…波動球を打つ時に状態が10cm程前に倒れる。ダッシュ波動球の時は更に10cm。それからパワーショットの時は13%の確率アウト」
「ふむ…すまないな」

いや、謝るのは俺の方だ。せっかく試合に向けて集中していたのに邪魔をしてしまったし。だけど俺としては忘れる前に言っておきたかったから。




「続きましてD2!青学、乾・海堂ペアvs立海、柳・厘財ペア!」

乾貞治。データテニスを得意とし、最近では高速サーブのウォーターフールを開発した青学の三年生の一人。恐らく蓮二も俺も知らず知らずの内にデータを採取されていたに違いない。海堂薫。体力と精神力が共に底無しの青学の二年生。回転のかかった技を得意とし特にスネイクは一番自信のある技だとか。コイツに持久戦を挑むのは自殺行為だな。

「常ー勝ー!立海大!」
「青学!青学!青学!」

再び一試合目と同じように両校の応援が始まった。俺、五月蝿いの嫌いなんだけどな。どうせなら静かな場所で思いきり集中して試合がしたい。まぁ俺の理想を語っても仕方ないのだが。さて、どうやってこの青学ペアに対応しようか。お互いの対戦相手がたった今知らされたこの状況で俺は必死に策を考える。

「涼汰…貞治の弱点は任せておけ。長い付き合いだからそれなりに熟知している」

おぉ、流石参謀。じゃあ乾の対応策は蓮二に任せよう。一方の海堂は…資料には体力と精神力共に底無しと書いてあったが、俺の予想では技術面がまだ未発達だろう。まだ二年生なのだから俺達三年生とは一年間の差がある。

「ククッ…楽しませてくれよ?」

俺と蓮二の作戦は至ってシンプルだ。まず先に体力のある海堂にボールを集中的に集める。まぁスネイク等を打ってくるだろうが俺達は後衛が二人。つまり左右に走らされる事は滅多にないと考えていいだろう。先に海堂を、続いて乾を潰す作戦。

「はぁ…!」

始まった試合。サーブは青学の乾から。だが、ウォーターフールは打ってこない。データを取られる事に躊躇しているのか、それとも…打ち返される事が怖いのか。

「おらよっ!」

作戦通りボールは集中的に海堂へと集める。技術面に欠けている二年生の海堂だからこそ手塚のような零式ドロップは出来ないだろう。

「スネイク!」

おぉー、これが海堂の得意技と言われている噂のスネイクですか。確かにこんなに曲がる打球は見た事がない。だけど、返せない打球でもない。少なくとも蓮二にとっては余裕で返球出来る。蓮二が海堂に打ち返して、返って来たボールをまた海堂に返す。海堂の集中狙い。俺達の陣営は後衛が二人いるので体力はまだまだ余裕がある。海堂が一層低く構えたかと思うと思いきりラケットを振り抜いた。

「ブーメランスネイクか…!」

別名ポール回し。海堂の打った打球はネットの脇を通って俺達のコートに突き刺さった。…やるね。だけど俺達だって負けてられない。

「上体を低く保って、構えも低く…ボールとベースラインとの角度は80度前後で、力は全体の85%くらい…そしてこのまま勢いよく…振り抜く!」
「な、ブーメランスネイク!?」

俺と蓮二のテニスの決定的な違いはデータを取り、応用するまでの時間の長さ。蓮二の1ゲーム1ゲームかけて緻密(ちみつ)に尚且つ丁寧にデータを採取していく方法に対して、俺は持ち前の反射神経を活かして一瞬でデータを採取する。そしてその場でデータや癖から打ち方、力加減、更にはスピードやコースを想定して全く同じように打ち返す事が可能。

「反射神経って便利だよな…攻撃にも守備にも応用が効くんだから、な!」

まぁそんなテニスを可能にしているのは俺の記憶力らしい(以前に蓮二から聞いた)。採取したデータを瞬時に記憶の中にある過去の練習方法・対戦相手と組み換え、場合によって応用する。

「ゲーム1-0!チェンジコート!」

まずは1ゲーム奪取。蓮二との作戦も上手く事が運んで順調だ。そう、順調だからこそ余計な事をしてしまうんだ。

「…っ…、」

順調だからって、余裕があるからってチェンジコートの間に周りなんて見渡さなければよかったんだ。なのに見渡してしまった為に見てしまった。

「しゅ…い、ち…ろ」

あの日と同じ瞳で、
俺を見つめる彼を見てしまった。




(どうして?と疑問を抱いた瞳で)(止めろ、俺を見るなよ)(俺はこんな瞳で見られる事を望んではいない)(嫌だ、見るな、止めて)


<< >>