13 |
「大石…知り合い「本当に…涼汰、なんだな…?」 手塚の言葉を遮って秀一郎が俺に問いかけた。その声は少しだけ震えている。立海のメンバーも青学のメンバーも俺を見つめるが、その視線が酷く不愉快だ。俺をそんな瞳で見るなよ。 「…幸村、早く始めよう」 俺が声をかければ幸村は我に返ったように瞬きを一つした。俺を見ないで、俺を思わないで、俺を許さないで。何度心の中で秀一郎に祈っただろう。淡々と進む立海と青学の両校の挨拶なんて耳に入らなくて俺は上の空。 「試合は20分後に行います」 それまで各自練習!、と幸村の命令で俺達は足をコートに向けて動かす。俺の両足はいつにも増して重たくて上手く動かせない。こんなんじゃ駄目なのに。 「…涼汰……」 あの日と同じように後ろで秀一郎が俺の名前をぽつりと呼んだけれど俺は振り返らない。振り返ったら駄目なんだ。曇り空、重苦しい空気、突き刺さる視線。 「…っくそ」 落ち着けという意思とは逆にドクドクと心臓の伸縮が速まって呼吸が不規則になり始める。くそ。駄目なんだ。こんな所で発作を出すわけにはいかないのに。 「涼汰先輩」 「…あ…か、や」 「大丈夫っスよ」 きゅっ、と震える俺の左手を握ったのは赤也だった。何も解っていないのに微笑んで大丈夫と言われても説得力がないといつもは思うのだが、今日だけは別で嬉しかった。 「ん、ありがと」 お礼を一つ言うとゆっくりと赤也に微笑んだ。心臓と呼吸は共に正常。赤也が手を繋いでくれるだけであの日に戻らなくてもいいと思える。俺を安心させる為なのか解らないけれど微笑む赤也を見て心が暖かくなった。 「…なぁ、赤也」 「?」 「これ、持ってて」 「これって…!」 俺が赤也に手渡したのは小さな容器。それは常時俺が持っている物で、俺にとっては絶対に無くてはならない物。 「何でこんな大切な物…」 「試合の最中は…それ、持っとけれないからさ」 赤也に薬を渡したという事は発作が試合中に出る可能性が十分にあったから。試合をしている間は掌サイズの容器なんて持ってプレー出来ないから。 「…練習行こうか」 未だに納得していない赤也に強引に薬を渡すと早足で練習に戻る。俺と蓮二はD2、赤也とブン太はD1。試合の順番は俺の方がが赤也よりも早いので、自分で持っているよりは赤也に預けた方がいいだろう。 「常ー勝ー!立海大!」 「青学!青学!青学!」 最初の試合はS3。青学からは河村、立海からは柳生。青学の河村って人は資料によれば相当のパワータイプで、恐らく柳生との相性は悪いだろう。 「……、」 審判の掛け声で始まったS3の試合。最初の一球は河村からのサーブ。やっぱり河村のパワーは一級品みたいだ。いい選手なんだけど…あの一回打つ度に叫ぶの止めてくれねぇかな…。俺、あーいう人、苦手。 「…涼汰、何処に行くんだ?」 「朝から腹壊してて…トイレ」 こっそりと抜け出そうと思ったのに計画は失敗。見事にブン太に見つかってしまった。別に腹を壊してるわけではない。ただ居心地が悪いだけ。 俺を見る秀一郎の視線が。 「…はぁ」 やっぱり帰りたい。この場にいたくない。青学の選手も試合開始前から俺をチラチラと見てきて正直鬱陶しい。青学の乾がデータの為に秀一郎と俺の関係を探っている事は解りきっている。便所に行くふりをして来たのは部室裏。ここなら誰にも見つからずに試合を観戦する事が出来る。柳生の試合が終わる1セット前には戻ろうと決心して俺は草の上に座り込んだ。 (聞こえる立海と青学の応援の声も)(テニスコートに響くボールの音さえも)(酷く耳障りで仕方がない)(青空に視線を向けて考えるのはアイツの事) |
<< >> |