青空から始まる恋 | ナノ


12




ついにこの日が来てしまった。心臓と胃がキリキリと痛んで仕方ない。恐らく緊張とストレスからくる痛みなんだろうけれど。

「…はぁー」

やっぱり会いたくない、帰りたい。だけどそんな我儘は聞いてもらえない。だって俺達は王者立海なんだから。立海は俺一人の我儘が通る程甘くはない。青学は東京だからバスで立海まで来るらしい。青学が立海に到着する予定時間まであと30分。それまでは各々の練習時間。

「……涼汰先輩?」

後ろから聞こえた声に振り返れば赤也がいた。先程まで練習をしていたからなのか首筋に伝う汗が妙に色っぽい。いや、こんな事を考えている場合じゃなくて。

「あぁ…どうかしたのか?」
「…涼汰先輩、さっきから顔色が悪いっスから何かあったのかなって…」
「…別に、」

気にしないで、と言おうとして止めた。頭にリピートするのは赤也の言葉。「どうして俺に何も言ってくれないんだよ!?」それから悲しみに染まった赤也の表情。

「なぁ、赤也」
「何っスか?」

ぐい、と赤也をラケットを持っていない腕を引き寄せた。当然赤也の体は俺の元に引き寄せられる。ぽすりと赤也の体が俺の腕の中に収まった。

「…涼汰、先輩…?」
「ごめん…ちょっとだけ」

久々に赤也の体温を感じる。運動後で熱くなった赤也の体が今の俺にはちょうどいい。先程までの心臓と胃の痛みは段々と小さくなっていく。ありがとな、赤也。




「集合!」

幸村が部員全体に集合をかけた。そろそろ青学が到着するだろうから出迎えをするらしい。律儀だね、幸村も。俺、トイレに入ってたら駄目かな?

「立海に負けは許されない」

いつも通りの幸村の言葉を聞いて、いつも通り円陣を組んで、いつも通りにストレッチを念入りにする。いつもと違うのは俺の心拍数が異様に高い事くらい。遠くから聞こえてきた大型車のエンジン音。あぁ、青学が来たな。どこか他人事のようにぼんやりとした頭の片隅で考えた。白色と青色を基本とした色合いのバスが正門から入って来たのが見えた。バスのフロントガラスには青春学園テニス部と書かれたカードが張り付けられている。ゆっくりとバスが速度を落として俺達から少し離れた駐車場に停止した。ドアが開いてピンク色のジャージを着た青学の先生が出て来た。え、あれって誰。

「…なぁ、あのピンクジャージのおばちゃんって誰?」
「私語は慎め、厘財」

ぽつりと呟いた俺の声は真田に聞こえていたらしく釘を刺された。流石に真田も他校の前で怒鳴るという失態はしないらしい。

「…青学の顧問の先生だ」

声を荒げる事なく真田が俺に言葉を返した。真田が俺にこんなに親切なのは珍しい。きっと明日は槍が降るだろう。顧問の先生に続いて部長の手塚が下りて来て、不二、菊丸、そして…秀一郎。髪型は以前よりも短くなっていて、日焼けによって焼けた肌。俺の知っている秀一郎じゃない気がした。いや、いっそのこと知らない人だったらよかったのに。そうすれば俺の歯車が狂う事もなかったのに。

「…やっぱ無理だ」

俺の呟きに近くにいた雅治と赤也が俺に視線を移したけれど、そんなの気にならなかった。俺の目線は秀一郎に、秀一郎の瞳は俺に。

「……涼汰、なのか…?」




(驚いたように呟いた秀一郎の声は)(もちろん俺の耳に届いた)(会う前にあんなに考えた決心も)(何もかも崩れた音がした)


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