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昨日はごめんなさい。俺、涼汰先輩が言ってくれるまで待ってますから。いつか先輩が言いたくなった時に言ってくれればそれだけでいいっスから…。 額に柔らかい感触。 俺が覚えているのはそれだけだ。 「う…っん…?」 目を開けば薄暗い光が窓から微かに差し込んでいる。重たい瞼をゆっくりと開いて時計を見れば時刻は3時26分。まだ夜が明ける前らしい。体ごと隣を向けば、赤也が俺に背を向ける体勢で寝息を立てている。先程のは何だったんだろう。夢にしてはクリアに聞こえた声、柔らかい感触は現実そのものだった。もしも先程の事が夢でないとするならば、あの声と感触は隣にいる赤也の物に間違いないだろう。こっそりと音を立てないように赤也の顔を覗き込む。 「もしかして…泣いてた…?」 頬には涙が流れたような痕跡と少しだけ腫れた瞼。寝る前の赤也の悲しみに染まった瞳を思い出して、心臓が痛みに軋んだ。俺は赤也を傷付ける事しか出来ていない。 「…ごめん、な」 涙で湿っている睫毛に小さく口付けた。ごめん。いつか俺の決心がついて、俺が言えるようになるまで待っててほしい。俺が記憶を思い出にに変える事が出来る時まで。 「声を出さんか!」 「は、はい!」 真田が叱咤を飛ばして部員が慌てて返事をする。少しでも返事が遅れれば真田の裏拳が飛んで来るから。声が小さいだけで殴る事はどうかと思うが、これが立海なのだから仕方ない。 「涼汰、明日の事なんだが…」 「ん、何?」 昨日までより動くようになった足を止めて蓮二の方へと振り返った。明日…つまりは青学との練習試合の日。そして、秀一郎と3年ぶりに再開する日。 「この時の位置は…」 「そうだなー…俺が走るから蓮二にカバー頼んでもいい?」 片手にノートを持った蓮二と話を進めていく。ちなみに今は左右に走らされた時のカバーについての話し合い。俺と蓮二で考え合った作戦は一字一句間違われる事なく蓮二のノートに書き込まれる。 「涼汰ー!ダブルスの練習しようぜー!」 そう勢いよく叫んだブン太は既に空いたコートにペアである赤也と入っていて、俺と蓮二を待っていた。蓮二と視線を一度合わせると俺達はコートに入る。審判は一年生に任せた。さぁ、始めようか。 「みょう「妙技綱渡り…とお前は言う、違うか?」 「甘ぇよ、ブン太」 ブン太が妙技をしようとしていた事は蓮二のデータと俺の反射神経から予測済みだ。ブン太の体が若干ネットに対して下がった事でそれは明白だった。普段は二人とも後衛だが、俺が走って前衛のポジションに出た事によって後衛を蓮二に一人で任せる事になる。蓮二なら一人でも守りきれるだろう。ネットを渡る小さな黄色いボール。俺達のコートに落ちる前に俺はそれを打ち返した。前衛のブン太の横を抜けてコートに突き刺さる打球。 「…甘いっスよ、涼汰先輩!」 俺がボールを打ち返した先には赤也が先回りしていた。後衛である赤也と蓮二の鋭いラリーが続いて、前衛の俺とブン太はチャンスを待つ。俺はブン太の目の前に構えて目隠しの役割を果たす。 「くそ…」 「俺は抜けないよ?」 なんて六角中の佐伯の真似をしてみたけれど一瞬の気も抜けない。だって相手は天才妙技師の名を持つ丸井ブン太なんだから。 「隙有り、だろぃ」 「あ!」 左に動くと見せかけて右に素早く動いたブン太。俺は一歩早く抜けられた為にブン太には追い付けない。ブン太がボールを打った。 「…なーんてね」 「っ!柳!?」 後衛だったはずの蓮二がネットに詰めて来た事によって前衛は俺と蓮二の二人。ポーチに出たブン太に打つ場所はない。甘く打たれた打球を俺がストレートに打ってポイントは40-15。 「ゲームセット!ウォンバイ厘財・柳!」 試合は7-5で俺と蓮二の勝利。やっぱブン太は強いや。それに2年生の赤也だってまだまだ発展途上なんだし。試合が終わった後は直ぐに次の試合に向けての微調整が入る。 「この時の動きは…」 蓮二による説明を聞きながら俺は明日の青学戦について思考を巡らせる。秀一郎はもちろん来るだろう。何を話せばいい?何から謝ればいい?駄目だ。考えれば考える程に絡まる思考回路。 (蓮二の解りやすい説明も)(他の試合を応援している声も)(何も聞こえない)(聞こえるのは自分の心臓の音のみ) |
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