青空から始まる恋 | ナノ


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「全く!気を付けて下さいよ!」

使用済みの絆創膏のゴミを片付けながら赤也が俺を叱る。あの後直ぐに絆創膏は見つかって赤也が焦りながらも手当てしてくれた。お陰で部屋の床が血で汚される事にはならずに済んだ。

「あー、悪い悪い。手当てありがとな」

ぐしゃぐしゃと無事な右手で赤也の頭を撫でる。左手には絆創膏、右手は赤也のふわふわの髪。料理なんて普段から慣れてるはずのに手を切ってしまうなんて珍しい。

「晩飯なんだけど、もう少し待ってて」

赤也の頭から右手を離すとキッチンへ向かう為に立ち上がった。まだ材料を切って炒めただけで中断されている料理台に向かい合うと鍋に水や肉を入れて煮詰める。赤也は無言でリビングのソファーに座っている。怒っているのだろうか。悪く思いながらも黙ったままの赤也に一言告げて風呂に入らせた。このままでは俺も居心地が悪いだろうし、赤也も気まずいだろうから。炊飯器のアラームが鳴って米が炊けた事を伝えると、カレーを火から下ろして皿を準備する。うん、完璧。赤也が風呂から上がったら皿に盛ろうと決めて調理は終了。

「ふー…」

ギシリ、とソファーが俺の下で小さく軋んだ。しんと静まった部屋に俺は一人で天井を仰ぐ。微かながらも赤也がシャワーを使う音が聞こえるので無音ではない。

「…あー…疲れた」

何に疲れているのか詳しくは解らないが、何かに疲れたのは確かだ。眠っては駄目だ。赤也が風呂から上がったら晩飯を食べるんだから。そんな意識とは裏腹に俺の瞼は下がる。

「風呂上がりましたー」
「!」

危ない、危うく完全に眠ってしまう所だった。ソファーから立ち上がると再びソファーが軋んだ。移動様にテレビを点けて沈黙をかき消す。

「じゃ、飯食べますか」
「はいっス」

真っ白な皿に白米とカレーを盛ってテーブルに置く。赤也もサラダ等を運ぶのを手伝ってくれた。テレビからは陽気な音楽と笑い声、明るい映像が流れている。そんな楽しい一時の晩御飯。




「赤也ー…って、寝てる…?」

俺が風呂から上がれば当の本人はソファーの上でうとうとと船を漕いでいた。テレビは点けっぱなしで相変わらずの笑い声が部屋に響いている。

「…仕方ねぇな」

ソファーの上で寝ている赤也の膝裏と背中に手を回すと抱き上げた。つまり一般的には姫抱きというヤツで。寝室に赤也を運ぼうと廊下を歩く。てか、赤也って軽いなー。ちゃんと飯食べてんのか心配になる。

「ん…」
「あ、起きた?」
「はい、って…え!?」

寝室に着いた矢先に目を覚ました赤也が現在の状況を確認して焦り出した。現在の状況は俺に姫抱きされている赤也の姿。あ、ちょっと。そんなに暴れんなって!

「お…下ろして…!」

照れているのか解らないが赤也の顔は赤く染まっていて無性に愛しい。俺はこのまま抱いていても構わなかったのだが、あまりにも赤也が下りようと必死なので仕方なく赤也をベッドに下ろした。

「練習で疲れてんだろ?無理しなくていいのに」
「、涼汰先輩の方が…無理してるくせに」

半ば呟くように赤也に放った言葉は思わぬ形で俺に返って来た。俺の方が?疲れてはいるが無理をしている覚えは全くない。赤也はベッドの上で俯いている。俺が赤也の隣に腰掛ければベッドのスプリングが軋んだ。

「俺が…気付いてないとでも思ってたんスか?」

顔を上げた赤也の瞳は悲しみと怒りが入り交じっていた。何でそんなに悲しそうなんだ?何でそんなに怒っているんだ?俺の脳内は何も解らずにただ混乱している。

「な、に…どういう事…?」
「俺が無理してる?涼汰先輩が無理してるの間違いじゃないんですか?どうして俺に何も言ってくれないんだよ!?」

混乱して何も言葉を発せない俺とは別に、赤也は大声で俺に言葉をぶつける。俺はただ何も解らずに赤也を見つめる事しか出来ない。赤也は何の事を言っているのだろうか。

「練習の時だって…!青白い顔で不健康そうで!どこか上の空で!そんなに俺は頼りないのかよ!?」

青白い顔なのは寝不足だから。だってあの夢を見てからは殆ど眠る事なんて出来ないのだから。上の空なのはアイツの事を考えるているから。決して赤也が頼りない訳ではないんだ。赤也は泣きそうな顔で悲鳴に近い声で叫ぶ。それは俺の心臓に深々と突き刺さって痛みを増す。赤也にあの事を言えば赤也は救われるのだろうか。あの柔らかく俺の名を呼ぶ人の事を。あの優しかったアイツの事を。

「…ごめん、言えない」

赤也の顔が色を失って悲しみに染まっていく。ごめんな、言えないんだ。俺が自分勝手だから。俺はまだ記憶を思い出に変えたくないから。記憶のまま脳内に閉じ込めていたいから。

「赤也が頼りないって事じゃないんだ…ただ言えないだけで…悪い」

こんな事を言っても赤也が救われる訳ではないと解っている。だけど言いたくない。ごめんな。何度謝っても謝りきれない。部屋には秒針の進む音だけ。




(色を失ったガラス玉のような赤也の瞳に写る俺)(記憶は記憶のままで)(自分勝手な俺と心配してくれる赤也)(練習試合まであと2日)


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