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《…の…が……よ》 《あ…なに……にね…》 《かわ…そうに……ね…――君》 「…っ!!」 勢いよく上体を起こした。肌寒い季節なのに汗でこれ以上ないくらいにスウェットが濡れている。未だにあの夢から解放される事はなく、毎晩のように俺を苦しめる。 「…やめろっ…」 隣に赤也はいない。暗い寝室に俺は一人。全ては俺が悪いんだ。俺があの日にアイツを誘ったから。俺なんて存在しなかったら良かったのに。駄目だ。あの日を連想させるような夢を見る度にこんな事ばかりを考えてしまう。しっかりしなくてはいけないのに。 「厘財!」 「……何」 「何だその動きは!たるんどる!」 五月蝿ぇと一言言い返して俺は再びコートに入る。俺の動きが悪い事くらい自分でも解ってる。思い通りに動かない足、鈍くなる思考回路。こんなんじゃ駄目なのに。 「くそっ…!」 「涼汰、そんなに苛々しんさんな」 「…解ってる」 落ち着けと自分自身に言い聞かせても何も変化しない。苛立ちは俺の胸中に留まって吐き出される事はなかった。 「集合!」 部長の幸村が部員達を集めて今日の部活は終了。どうすれば足が動くのだろうか。どうすれば以前のようにプレー出来るのだろうか。蓮二に迷惑なんてかけたくないのに。 「……い!…涼汰先輩!」 「っ、え!?」 視線を上げればもう制服に着替えた赤也が鞄を持って俺の目の前に立っていた。いつの間にか部室には俺と赤也以外の部員はいなくて、狭い空間に二人きり。 「涼汰先輩、大丈夫っスか?ぼーっとしてましたけど…」 「あー…悪い。直ぐに着替えるから」 急いでユニフォームの上を脱ぐ。あんなに汗をかいていたはずなのに今では完全に体は冷えて周りの空気が寒く感じた。 「悪い、お待たせ」 俺が着替え終わった時にはもう外は薄暗くなっていて気温も何度か下がっていた。俺は何十分赤也を待たせたのだろうか。不意に考えて赤也に申し訳なく思った。赤也だって練習後で疲れているはずなのに。 「…涼汰先輩、この後に何か予定ありますか?」 肌寒い空気の中、俺と赤也が二人並んで薄暗い道を歩いていると、赤也が唐突に尋ねた。お互いの視線は合わせずに前を向いたままで俺は答える。 「いや、別にないけど…何で?」 「や、その…せ、…先輩の家…に行きたいなー…なんて」 外灯の少ない道でも赤也の顔が赤く染まっていたのは一目瞭然で、何て言うか…うん。可愛かった。 「お邪魔しまーす」 「適当に座ってて」 あの後近くのスーパーに寄ると晩御飯の材料をいくつか買って二人で帰宅した。今日の晩御飯はカレーの予定。先に下準備をしてしまおうとキッチンに立つ。 「あ、俺も手伝いますよ」 「サンキュー。じゃあさ、風呂を沸かしてもらってもいい?」 任せて下さいと元気のよい返事を残して赤也は風呂場へと消えて行った。赤也が戻ってくるまでの間に俺は野菜を切って鍋に入れて炒める。 「……痛!」 突如走った痛みに驚いて視線を指へと向けると赤い液体が広がり始めていた。氷帝の宍戸の言葉で表現するならあれだ。指切るとか激ダサだな。 「はぁー…」 絆創膏を何処に納めたっけ。確かここの棚に納めた記憶があるんだが…。ガサゴソと上から2番目の棚を右手だけで漁っていく。 「涼汰先輩何して…って、どうしたんスか、その指!」 風呂を沸かし終えてリビングに戻って来た赤也が俺を見て叫んだ。いや、まぁ驚くだろうな。左手の指から血をだらだら流しながら棚を漁っているのだから。 「あー…ちょっと切っちまって…悪いんだけど、絆創膏探してくんねぇ?」 右手だけでは上手く探し物が出来なくて赤也に頼めば、混乱しつつも赤也は大急ぎで探す事を手伝ってくれた。あー…段々痛みが増してきたような…。 (左手の中指から流れ出す)(真っ赤な血液を見ながら)(俺の思考は全く別の所に)(血、あの時と同じ血、真っ赤な色をした…血) |
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