青空から始まる恋 | ナノ


08




「くそ…っ」
「涼汰、最近調子が悪いようだが…」
「…平気」

最近は楽しいはずのテニスが楽しくない。いつものように納得のいくプレーが出来ない。足が動かない。今日の練習では今回のペアである蓮二にまで心配をかけてしまう始末。青学との練習試合まで残りあと6日。青春学園、か…。俺は何事もなく秀一郎に会う事が出来るのだろうか。発作は出ないだろうか。秀一郎は俺をどう思うのだろうか。不安は尽きない。練習が終了しても上手くプレー出来ない苛々は消えてはくれない。それどころか余計に酷くなるばかりだ。こんなんじゃ駄目なのに。もっとしっかりしなくては。




部室内で着替えている時にジャッカルがそういえば、と話を切り出した。話の相手は俺に。部室にはレギュラーがいて、みんながその話に必然的に耳をする事になる。

「なぁ、涼汰って何で眼帯してんだ?」

ジャッカルが今思い出したように、悪気もなく俺に尋ねた。俺の眼帯?ピシリと俺の体が頭が一瞬で凍ったような気がした。雅治とブン太がジャッカルの話し出した内容を聞いて止めようとしているのが解る。

「そ、そーだ!仁王昨日のテレ「いつも着けてるだろ?テニスの時は着け変えるから何でかなって思ってさ」

ブン太の言葉を遮って、ジャッカルは着替えながらも俺に話し続ける。ジャッカルに悪気はない。解っている。けれど胸中に湧くどす黒いモノを抑える事が出来ない。

「なぁ、涼汰――…」

ジャッカルが俺の瞳を見て言葉を切った。不自然に言葉を区切ったジャッカルを部室内にいるレギュラーのみんなが不審に思ってジャッカルを見つめたらしい様子が解る。そして俺に注がれる視線にも。

「黙れよ」

悪気のないジャッカルを無意識の内に睨み付けていたらしい事にやっと気付いた。俺が悪いと自覚をしても、テニスが上手く出来なくて苛々していた事に加えてジャッカルが俺の眼帯の話を持ち出した事にとてつもなく苛つく。ジャッカルは悪くないのに。

「涼汰、止めんしゃい」

雅治が俺とジャッカルの間に入り込むと俺の肩に手を置いた。ちゃんと解っている。悪いのはジャッカルではなく俺だ。俺が勝手に苛ついているだけだ。自分の感情を抑制する事が出来ない。こんな俺はまるで幼児みたいで酷く滑稽だ。

「……ごめん」

ジャッカルの傷付いた表情と他レギュラーの視線から逃げるように部室を早足で飛び出す。またやってしまった。どうして俺はこんなに駄目なのだろう。人に迷惑をかける事しか出来ない。全てが上手くいかない。納得のいく人生なんて無いに決まっているのだが、それが悔しくて辛くて仕方ない。全てが上手くいく人生だったらどんなに楽だろう。以前も同じ過ちを繰り返した。3年生になった初めの頃。隣の席になった女子から先程のジャッカルと同じ事を聞かれた。その時と今回の俺は全く同じだ。何も変わっていない。全く前に進めていない。

進みたくても進めないんだ、俺は。

「涼汰…!」
「え…雅治?」

振り返れば俺を追いかけて来たらしい雅治がいた。余程急いで来たのか息が上がっている。雅治に心配をかけてしまったのは今回で何度目だろうか。恐らく両手の指で数え切れない程だろう。全く…俺は情けないな。

「涼汰、ジャッカルは…」
「解ってる、悪いのは俺だ」

頭を冷やしたから大丈夫、と告げて部室に引き返そうとしたら雅治に腕を掴まれた。突然の事に思考回路は停止状態。

「涼汰だけが悪いんじゃないナリ」

だから気にしんさんな、とそれだけを俺に告げると雅治は先を歩く。俺は唖然。だけど先程みたいに心が重くはなかった。雅治の言葉に少しだけ救われたのは事実で。微かに頬が緩んだ。

「雅治、ありがと」

雅治は照れくさそうに笑った。




「ごめん!」「悪かった」

見事に俺の言葉とジャッカルの言葉とがハモった。いや、ジャッカルが謝る事はない。俺が勝手に不機嫌になって八つ当たりしてしまっただけなのに。

「涼汰にだって触れてほしくない事だってあるだろ?それに気づけなかった俺も悪いんだからさ」

ジャッカルはそう言って俺の頭を撫でる。ラケットの振り過ぎで豆だらけの手だったけれど優しかった。




(束の間の幸福感に身を任せる)(俺、立海に来て良かったよ)(これの時間が続けばいいのに、現実は叶わない)(練習試合まであと4日)


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