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夢だと直ぐに解った。だってこの映像には見覚えがあるのだから。ただ映像は少しだけ砂嵐が混ざっている。だけど音声ははっきりと聞こえた。 《っ…馬鹿!お前何してんだよ!?》 写し出されたのはマンションの灯りの下に座っている赤也と急いで駆け寄る俺。今日の記憶だった。映像の中で今日の出来事が繰り返される。 《なぁ、秀一郎…?》 突然画面が真っ暗になったかと思うと、次の映像が写し出された。これは部室から帰る前の出来事だ。きゅっと心臓が小さく軋むのが解る。 《…嫌だ…っ…!》 映像の中の俺が倒れた。部室の床に倒れる俺。あぁ、映像が写る度に時間が遡っているのか。何処か冷めた頭の隅で映像を見ている俺はぼんやりと思った。 《……くそ、》 《…っ…いやだ》 《嫌だっ…!》 《止めろ!!》 バンッと映像の中の俺が薬の容器を壁に叩き付けた。この映像は発作が出た時の物か。一体この映像は何時まで遡るのだろう。予測がつかない。バチンと映像が途切れた。灯りが途絶えて辺りは真っ暗になる。次は何が起こるのだろう。自分でも驚く程に俺は冷静だった。 《…か……うに…》 ジジジッとノイズ混じりの音声が聴こえる。視界は未だに真っ暗で何も見えない。映像はなし。音声はノイズ混じり。 《あ…ふた……でしょ…?》 《…う……にね…》 《…あ…に……おさ……のに》 俺の知らない声。多分40歳くらいの女性の声らしい。ノイズ混じりの音声が段々とクリアに聞こえてきた。 《ほん…に…どうして…》 《あんな…なかよ…たのに》 《可哀想にね…――君》 一瞬で映像が現れた。 黒い服を着た人達。 俯いては涙ぐむ大人。 大声で泣きわめく子供達。 その真ん中に眼帯をした幼い俺がいた。 「…っ嫌だ!見たくない…!止めろ!」 俺の拒絶の声とは裏腹に映像と音声は続いてく。目を固く閉じても、耳を強く塞いでも頭の中に入って行く場面と声。 《どうして…――君が…》 《なんで…あんなにいい子が…》 《――君…お兄さんを庇ったらしいわよ》 「っ、それ以上言うな!!」 勢いよく目を開くと真っ暗な部屋。部屋には俺の荒い息遣いと赤也の寝息だけが響く。あの古い映像もノイズ混じりの音声も俺の前にはない。 「…ゆ、め…?」 速い呼吸、汗だくの体、軋む心臓。隣には穏やかな寝顔の愛しい恋人。赤也を起こさないように布団から出る。あんなのを見て再び眠れる訳もなく、顔を洗おうと洗面所に来た。鏡に写るのは情けない表情の俺。汗だくで、瞳孔が開きかけている。 「…、…くそ…っ」 そう呟いた声は震えていた。これが赤也の言っていた泣きそうな声か、と頭の片隅で思った。洗面台の淵を掴むとずるずると座り込む。嫌だ、思い出したくない。 「…涼汰、先輩…?」 後ろを小さく振り返れば赤也が立っていた。どうやら起こしてしまったようだ。ごめん、と謝る前に赤也が駆け寄って来る。 「どうかしたんスか!?」 俺が洗面所で座り込んでいるのを見た赤也は俺の背中を擦る。どうやら発作が出たと思っているらしい。 「…へーき、…だから…」 放っておいて、と言う俺の言葉は口から出なかった。赤也が座り込んでいる俺を抱き締めたから。ぎゅっと力を込めて赤也が俺を抱き締める。 「…あ、か「涼汰先輩は勝手っス」 俺の呟きをかき消して赤也が言葉を発した。先程とは別に心臓が軋む。赤也は俺を抱き締めたまま話す。 「俺が泣いてたらすっ飛んで来るくせに…俺にも、頼って下さいよ…」 ぐすっと赤也が鼻を啜る音が聞こえた。泣いてるのか、とぼんやりとした頭で思った。洗面所には俺と赤也の二人だけ。 「…俺は…大丈夫、だよ」 だから泣かないで。そう言ったら赤也が俺から勢いよく離れた。正面から見る赤也の瞳は涙で濡れていて、眉はつり上がっている。つまりは泣きながら怒っている状態。 「っ…どこが大丈夫なんですか!?先輩だって泣いてるじゃないっスか!」 「…な…いて…る?」 俺が?泣いてる?左手で頬に触れると涙で濡れた感触。本当だ、泣いてる。涙で濡れた頬を拭う事もせずに未だに俺に怒鳴る赤也を見つめた。 「好きな人が泣いてるのを知らないのは辛いんだよ!一人で泣くなよ…!」 そこまで喋ると赤也はまた涙を溢した。敬語取れてるよ、赤也君。この場に合わない事を考えつつも赤也の言葉が素直に嬉しかった。 「え…!?」 ぐい、と一度は離れた赤也を再び抱き寄せた。いきなりの事に驚いている少年を胸の中に閉じ込めた。 「ありがと、赤也…それから、ちょっとだけ…ごめんな」 赤也を抱き締める腕に力を込めて、赤也の首筋に俺の顔を埋めた。直ぐに滲む視界。声を押し殺したいのに押し殺せない。 「、…っ…う…」 「…涼汰…先輩…?」 俺の表情が見えない為に赤也は困惑しているが俺に回された赤也の手が俺の背を撫でてくれる。抱き締めている赤也は暖かいのに、俺の心中は氷のように冷たかった。怖い。辛い。思い出したくない。あの時の俺を見た人々の瞳が怖い。あの時の人々の視線が辛い。あの時の人々の泣き声を思い出したくない。原因は俺なのに。 片目にしている眼帯も、左右の違う髪型も全てはアイツのために。 (ねぇ、俺を許さないで)(お願いだから、俺を見ないで)(思い出したくないんだ)(誰か助けてよ) |
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