青空から始まる恋 | ナノ


02




「…めんどくせー」

始まるランキング戦。相手は切原赤也。眼帯を右から左に付け替えれば、今から見る世界は全てアイツの物になる。




審判の掛け声で始まった試合。

「…フィッチ(どっち)?」
「じゃぁスムース(表)で」

回っていたラケットが減速し出す。ゆっくりと速度が減ってラケットが地面に倒れる。ラケットが示すのは"ラフ(裏)"。赤也が取ったのはスムース(表)。

「外れだな、サーブ貰うぜ」




《ザ・ベスト・オブ1セットマッチ 厘財サービスプレイ》


二、三度ボールをコートに付くと前を見据えて赤也を視界に捉えた。トスを高く上げて左手のラケットで叩き付ければ、勢いよくボールは赤也のコートに深々と突き刺さった。

「こんなモンじゃねぇだろ…本気出せよ」
「ククッ…そう来なくっちゃ」




ボールを打ち合う音がコートに響く。いつの間にか他の部員達が見学に来ていた。恐らく各自の試合は終わったのだろう。

「…っらぁ!」

ストレートに鋭いショットを打ち込めば、赤也は反応出来ずにポイントを落とした。現在のスコアは3―1で、俺が一歩リードしている状態。

「どーしたよ、こんなモンか?」
「…お前、潰すよ?」

充血した目。雰囲気がいつもと違う。今までの雰囲気ではなくて攻撃的な雰囲気で。赤也を包む空気は何処かピリピリと張りつめていた。

「先輩に向かって『お前』はねぇだろ」

まぁいいか、と大して気にも留めずに元の位置に戻ると再開された試合。サーブは俺から。

「っ…な!?」

早い。早いだけではなくて威力も桁外れにアップしてやがる。何処に返球しても必ずと言っていいほど、赤也はボールに追い付いてそれ俺に返す。

「こんなモンかよ!?」
「ちっ…っ、…」

押し返される打球。突然の変化に戸惑ってしまい、体が上手く動かない。勢いとペースは完全に赤也のものになってしまった。




「…まずいのぅ」
「だな」

外野から見ていた仁王と丸井は呟いた。赤也は目が充血すると格段に身体能力が上がる。スピードもパワーも何もかも。そんな赤也を相手にするのは正直キツイだろう。

「…でも」

丸井がぽつり、と言葉を紡いだ。呟かれたその声は沢山の歓声に消される事なく、真っ直ぐに仁王の耳に届いた。

「あいつはあの涼汰だぜ?負ける訳ねぇだろぃ」
「プリッ」




「(、そろそろいいかな)」

刹那、聞こえた声。

「考え事っスか?」
「!!」

ネット際に出ていた俺の目の前にいた赤也。しまった、と思った時には遅かった。飛んでくる黄色。ボールは俺の目の前に。鈍い音がした。

「涼汰!」

どよめく外野。一瞬右頬の感触がしなかったが、直ぐ様広がる鉄の味。どうやら口の中を切ったらしい。

「っ赤也、お前「黙れ」

次々と騒ぎ出す外野を黙らせる。その騒がしい声はどれも赤也を非難する言葉ばかりで。

「赤也のプレイスタイルは知ってるだろ」

だから黙れ、と言えば押し黙るを得ない外野。五月蝿いのは嫌いだ。特にテニスをしている時に至っては集中したいので黙っていてほしい。

「…悪いが、これ以上点はやらねぇよ」




トスを上げてサーブを打てば倍になって返ってくる重い打球。俺が打ち返す前に赤也の左足がぴくり、と動いたのを見逃さなかった。

「(…右に動く、な)」

打球にスピードと重さを加えて左に打ち返した。赤也は俺の予想通りに右に動いた。だからこそ、取れなかった左方向への打球。

「なっ…!?」

周りから見れば、完全に赤也が動いた後に俺が打った様に見えているのだろう。だけど俺はただ、見て考えて実行しただけ。

「くそっ…んだよ!」

続くラリー。先程と違うのは、押されているのが赤也だという事。全て赤也が予想した場所と逆に。全て赤也が動く場所と逆に。打球を打ち返す。

「(上半身を内側に捻った、って事はクロス)」

自分の勘と判断力、瞬発力などを元に予想した位置へと動く。そうすればボールは自然と俺の元に打たれて来る。それを俺は鋭く角度を付けて返せばポイントが取れた。

試合は続く、

「(前、)」

ネット際に上がってきた赤也。これ以上俺に攻めさせないつもりだろうが、墓穴を掘ったな。赤也の左足が地面に着地する直前にピンポイントで赤也の足元に打ち込んだ。

「んなの解ってんだよ…!」

一歩だけネットから下がると打球を目で捉えた赤也。恐らく跳ね際を打つつもりなのだろう。だけど、

「それも…予想済み、だ」

俺の呟きは赤也には届いていないだろう。満足そうに打球を目で捉えて打とうとする赤也を見て口元が上がった。

「…Down(ダウン)」

打球は落ちる。急激なスピンによってスピードを失ったボールは赤也の予想していた場所よりも前で跳ねた。

「な…!?」
「&…Turn(ターン)」

スピンのかかったボールは地面に付くと同時に奇妙な方向に逃げる。今回は赤也の左手を掠めてコートの外に出て行った。あぁ、たまらない。その驚愕した表情と困惑を隠しきれていない表情。そんな表情を見る事が楽しくて愉快だ。これだから回転をかけるのはたまらなく面白いんだ。

「ククッ…」


《ウォンバイ厘財 6―2!!》



(あぁ、疲れた)(…くそっ、次は倒してやる)(…もう試合したくねぇ)



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