青空から始まる恋 | ナノ


06




え?何で?俺の視界には一人の人間だけが写っている。マンションの前にある灯りに照らされている少年。真っ暗な景色に映える灯り。その中に俺がよく知る人がいた。

「…あ…か、や?」

俺の声に反応した少年は俺に視線を向けた。今何時だっけ。確か9時前だ。今の季節でも流石に夜は冷える。長い間待っていたのか解らないが、赤也の唇は紫色に変色し始めていた。

「っ…馬鹿!お前何してんだよ!?」

正面から俺が見た赤也の顔が寒さで赤く染まっていて、触れた手は氷のように冷たかった。部活で疲れているのに、夜はこんなにも冷えるのに。

「あ…ごめんな、さい…でも俺っ…!」
「いいから来い!この馬鹿!」

赤也の手を強引に引いてマンションの中に入った。先程赤也が放った言葉も震えていて、繋いだ手も寒さで小さく震えている。エレベーターに乗り込むと乱暴に5階と書かれているボタンを押した。赤也は制服でマフラーをしているがそれでも寒いに違いない。先程は赤みがあった赤也の唇は、今や完全に紫色になっている。チーンと間抜けた音が5階に着いた事を告げた。早足でエレベーターを出ると鍵をポケットから出してドアに差し込む。家に入ると赤也をリビングに押し込んで暖房を点けた。

「ここにいろよ」

一言告げてリビングを出る。開いたままだった玄関の鍵を閉めて、風呂に湯を急いで溜める。そして寝室から毛布を一枚剥ぎ取ると再びリビングに戻った。

「…ほら」

リビングには膝を抱えて隅の方に座っている赤也。暖房はまだ点いていない。先程剥ぎ取った毛布を赤也に被せた。とにかく体温をこれ以上下げないようにしなくては。

「…涼汰、先輩…ごめ、んなさい…俺…」

カタカタと震えている赤也の肩。何時間外にいたんだよ。これなら部室から早く家に帰ればよかった。後悔が俺にのし掛かる。

「…今、風呂沸かしてるから」

お茶飲むだろ?、と赤也に告げて立ち上がった。カクンと何かに引っ張られる。振り返れば赤也が俺の服の裾を左手で握っていた。

「ごめんな、さい…謝るから…嫌いに、ならないで…」

赤也は俺に嫌われたと勘違いしている事だけはよく解った。全く…。溜め息を一つ吐くと、赤也の前に屈む。

「…赤也」

名前を呼ばれた彼がビクリと体を震わせた。交わる俺の視線と赤也の視線。暖房器具がやっと温風を吐き出した。

「っ…!」

ぐい、と毛布に包まれた赤也の冷たい体を抱き締めた。俺の頬に触れる赤也の頬はやはり凍えるように冷たい。

「俺だって…心配くらいするんだからな」

風邪ひいたらどうするんだよ、と小さく呟けばやっぱりごめんなさいと返って来た。俺の体温を赤也に分ける事が出来たらいいのに。

「後で色々聞くけど…取り敢えず風呂入って体暖めて来い」

着替えは用意してやるから、と赤也を風呂場に連れて行く。今は赤也の体温を上げる事が優先だ。確か真新しいジャージがあったな、と赤也が風呂に入ったのを確認してタンスを漁る。下着はどうしようか。悩んだ末に一応俺の下着を一緒に脱衣場に置いておいた。赤也が風呂に入っている間にキッチンに立つと簡単に料理を作る。温かいスープでも作ろうと野菜を切る。あとは適当にパスタを茹でて簡単なミートスパゲッティを作った。

「…風呂上がりましたっス」

リビングに入って来た赤也は…うん。それは色っぽかった。俺が置いておいたジャージは赤也には大きいらしくダボダボだ。湿った髪。血の気が戻って赤く染まった頬。

「飯、簡単に作ったんだけど…食う?」

邪念を振り払うように話題を変える。はい、と頷いた赤也を見て一安心した。これなら風邪の心配はないだろう。それから二人で遅い晩御飯を食べて、俺も風呂に入ってあっという間に11時。時間が経つのは早い。さて、本題に入ろうか。

「赤也、こっちおいで」

トントンと俺の横を手で軽く叩くと、赤也は素直に俺の隣に座った。聞きたい事は一つだけなんだけれど。

「何で今日、家に来たんだ?」

出来るだけ優しい声色で尋ねた。恐らく赤也が家を出た頃は、時間帯はもう夜で、外は寒かっただろう。なのに俺の家まで来た心裏が解らない。

「…涼汰先輩に電話したら…いつもと様子が違ってて…先輩が泣きそうな声してて…俺、心配で…」

ぽつりぽつりと下を向いて言葉を紡ぐ赤也。自分では泣きそうな声をした覚えなんてないのに。最近の俺は嘘が下手になってしまった。こんなんじゃ駄目なのに。

「そっか…ごめんな…?」

心配かけて、と付け加えれば赤也は左右に大きく首を振った。ありがと、と言葉を直せば彼は照れたように微笑んだ。

「…今日、泊まっていくだろ?」

もう11時は過ぎており外は寒い。こんな中を帰らせる訳にはいかない。俺の問い掛けに赤也はお願いしますと小さな声。今日は赤也の家には両親がいないらしい。明日も学校があり、部活も当然ある。もう寝るか、と話は纏まり二人でシングルサイズの俺のベッドに潜り込む。赤也の体に腕を回すと抱き締めた。

「おやすみ」
「おやすみなさいっス」



(眠る為の口づけをしましょう)(赤也のお陰で今日だけは)(苦しんで寝なくてもよさそうだな)(心配かけて本当にごめんな)


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