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「じゃあ、この問題を…厘財」 しん、と教室が静まる。と同時に教室の一部の視線が俺に集まるのが解った。体がだるくて机に俯せた状態から起き上がれない。いつまでも立ち上がらない俺に対してザワザワと騒がしくなる教室。 「…涼汰、起きんしゃい」 俺の席に割と近い雅治が声をかけてくれたけど、起き上がる気になれない。頭がちゃんと働かない。 「起きなさい、厘財」 五月蝿い先生だな、と悪態を吐きつつも顔を上げない。上げられないのが正しいのだが。こんな事なら授業をサボればよかった。今さら後悔しても遅いのだけど。 「厘財!」 五月蝿ぇな。問題を解けばいいんだろ。本当に先生は面倒だと思う。俺みたいな生徒は放っておけばいいのに。仕方なく力の入らない体を起き上げると、黒板に白いチョークで書かれた問題を解く為に席を立った。 「あ、れ…?」 ぐらり、と歪む視界。涼汰!、と雅治とブン太が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。意識はそこでフェードアウト。 「…涼汰?」 「…んっ…まさ、はる…?」 辺りを見回せば白で統一された部屋。消毒液と薬品の匂い。どうやら此処は保健室のようだ。そして俺はベッドに寝かされているらしい。頭がクラクラする。何で俺は保健室にいるんだっけ?思い出せない。 「大丈夫か?」 先程まで教室にいたはずた。教室で何をしていたんだっけ?あぁ、授業か。確か数学の授業で先生に当てられて、席を立って…。 「あー…倒れたんだな、俺…」 情けねぇな、自分。俺自身に嫌気がする。今の状況からすると恐らく雅治が俺を保健室まで運んでくれたのだろう。時計を見れば9時58分。まだ授業中。 「顔が真っ青じゃが…」 するり、と雅治の手が俺の額に置かれて目を閉じる。ひんやりと冷たくて気持ちいい。やっぱり睡眠不足と朝食を抜いた事が倒れた原因なのだろうか。だけど昨日は寝る気になれなかった。アイツの声が響いたから。 「…涼汰?」 ガラリ、と保健室のドアが開いてブン太が顔を覗かせた。どうやら心配して見に来てくれたようだ。本当に申し訳なく思う。 「ブン太…授業は…?」 「抜け出して来た」 悪気もなくブン太が言い放った。相変わらずだな、と俺は苦笑いを溢す。どうやら保健室の先生は見回り中らしい。 「早く体調悪いの治せよぃ。来週は練習試合なんだからな」 ぷくー、とガムを膨らませたブン太。雅治がブン太に便乗するように言葉を続ける。 「体調を崩したのが真田にバレたら殴られるぜよ」 うわっ、それだけは勘弁してほしい。もしバレたら面倒くさい事になるじゃねぇか。頼むから今回の事は真田に内緒にしててくれ、と二人に手を合わせた。 「や、無理だろぃ」 「は…何で?」 「今日中にでも涼汰が倒れた事が学校中に広まるじゃろ」 そういえば俺が倒れたのは授業中だったっけ。とすれば教室中のみんなが俺が倒れた所を見ていたという事で…高確率で真田の耳に入るという事だ。 「潔く諦めろぃ」 「…俺、今日部活休むわ」 面倒事になるのは嫌だ。それに真田の事が含まれるのはもっと嫌だ。あいつの事だから絶対にたるんどる!って怒鳴る事は簡単に予想出来た。 「誰かいるの?」 ガラリとドアが開かれて保健室の先生が入って来た。どうやら校内の見回りはもう終わったらしい。 「厘財君が倒れたので二人で連れて来ましたー」 ブン太め。お前は授業を抜け出したんだろ。連れて来てくれた雅治だっつーの。内心そう思いながらも口に出す事はしない。ブン太が授業を抜け出したのは俺のせいでもあるから。 「そう…じゃあ仁王君と丸井君は教室に戻ってもいいわよ」 先生は雅治とブン太に保健室から教室に戻るように言葉を紡ぐ。このまま授業をサボらせるなんて事はさせないらしい。 「じゃあの、涼汰」 「早く治せよぃ」 俺に一言ずつ声をかけると二人は保健室を後にした。静寂が戻る。じゃあ寝てなさいね、と先生は俺に声をかけるとベッドのカーテンを閉めた。 (静寂に支配される白い空間)(再び頭に響きそうな声)(振り払うように瞳を閉じた)(腹減ったな…) |
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