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口の中が渇く。心臓がバクバク鳴っているのが自分でも解る。緊張で頭が真っ白になる。やっぱり色々考えなくて正解だったな、と遠くの方で小さく思った。赤也の方にゆっくりと足を進める。ビクリ、と赤也が震えたのが解った。やっぱり俺の事を嫌いになったのだろうか。 「…こっち」 意を決して赤也の手を掴むと、人気のない貯水タンクの裏へと連れて行く。赤也は抵抗はしなくて、ただ俺に引かれるままに着いて来た。さて、貯水タンク裏に連れて来たのはいいが、どうしよう。繋いだ手を離したくない。久しく触れてなかった赤也の体温が今では懐かしい。少しだけ繋いだ手に力を込める。呼び出したのは俺なんだから何か言わないと、と思っても口から言葉が出ない。 「…聞きたい事がいくつかあるんだけど、いい?」 やっとの思いで言葉を紡げば赤也は小さく頷いた。それを確認した上で俺は言葉を発する。手は繋いだまま。 「…俺、赤也に何かした?」 俺の問いかけに俯いたままの赤也は首を横に振った。 「じゃあ、何で避けてた?」 俺の事、と付け足せば赤也はビクッと肩を震わせた。俺が何も赤也の気に障る事をしていないのなら、何故赤也は俺を避けたのだろうか。 「そ、…れは…」 震える赤也の声。彼の体も声と同じ様に震えているのが繋いだ手から伝わる。俯いたままの赤也の顔を小さく覗き込んだ。 「あ、赤也!?」 ボタボタと赤也の瞳から流れる涙。くしゃくしゃの赤也の泣き顔。嗚咽が漏れるのを必死に我慢しているらしいが、我慢しきれていない。 「涼汰先輩は、…どうして、男の俺なんスか…!?」 悲鳴を上げるように赤也は涙声で叫んだ。ズキンと心臓が痛む。また、俺が赤也を泣かせた。理由は解らないけど。その事実が心臓に重く重く乗し掛かる。 「あの時に…井田と、付き合えばよかったじゃないっスか!その方が…俺なんかといるよりも…!」 何で赤也は井田との出来事を知っている?答えは簡単だ。赤也は見てたんだ、俺が井田に告白された所を。じゃあ俺を避けていた理由は井田の出来事絡みなのか? 「何で、涼汰先輩は…っ…!」 「赤也…!」 手を振りほどかれたと思ったら、俺の胸の中に赤也がいた。泣きながら拳で俺の胸板を叩いている。赤也の拳に力はなかったけど、直接心臓に響いて心が痛かった。 「っ…も、…解んない、っスよ…」 やっと解った。赤也が何で俺を避けていたのか。きっと赤也も自分が解らなくなったんだな。俺を好きでいてもいいのか。俺が赤也に対する自分の気持ちを整理出来なくなったみたいに。 「っ…赤也…!」 色々限界だった。赤也が俺を嫌っていた訳ではないと解って、赤也が俺を避けていた理由が解って良かった。それと同時に赤也が泣いていて、赤也が傷付いている事が、とてつもなく苦しい。胸の中で泣く赤也を両腕で強く強く抱き締めると、勢いよく口付けた。赤也が苦しがっても関係ない。唇を割って舌を絡めて強く吸い付いた。 「んぅ、やっ…涼汰…せんぱ…!」 そんな小さな拒否の言葉さえも、かき消すように赤也の唇を貪る。何度も何度も角度を変えて。今まで触れられなかった分も込めて。 「…好き、だ…愛してる」 キスの合間に呟いた。愛しい。赤也が愛しい。好きだ、好きだ、好きだ。赤也の不安が消えるように。今の俺の気持ちが少しでも赤也に伝わる様に言葉を紡ぐ。唇を離せば赤也は大きく酸素を吸い込んだ。それと同時に俺も肺に酸素を取り込む。 「赤也は…俺が嫌い…?」 一番聞きたかった事を尋ねれば、赤也は大きく首を左右に振った。じゃあ好き?と聞けば赤也は小さく頷いた。 「理由なんてさ…それだけでいいんじゃねぇ?」 え、と聞き返すように赤也は顔を上げた。涙で濡れた瞳に、キスの直後で赤く染まった顔。それに俺は微笑む。 「だからさ、一緒にいる理由なんてお互いが『好きだから』で十分だと思うんだよな」 あくまでも俺の考えだけど。俺は赤也が好き。赤也は俺が好き。それだけでいい。他に求める理由なんて何もない。何も要らない。相手が多額の金銭を持ってるから、相手に社会的地位があるから、だから付き合うなんて馬鹿げてる。 「涼汰先輩、あの…!俺、…」 再び涙が溜まる瞳に、再び歪む赤也の顔。 「俺…俺、涼汰先輩に…」 赤也が言おうとしている言葉の先が解ったので俺は赤也に口付けた。触れるだけのキス。唇を離せば案の定赤也は唖然としていた。 「言わなくていいから。それに悪いのは俺でもあるんだし」 「そんな事…!」 だってそうだろう?赤也を不安にさせてしまったのは紛れもなく俺のせいだ。ちゃんと俺が赤也の事を解ってやれれば良かったんだ。 「涼汰先輩じゃなくて…俺が…ごめん、ごめんなさい…」 勘違いしてごめんなさい、避けててごめんなさい、傷付けてごめんなさい。俺の胸の中で赤也はずっと謝った。そんな赤也を俺は強く抱き締める。あーもう。好きだ。 「赤也、もういいから…な?」 泣くな、と言いながら制服の袖の部分で赤也の涙を拭う。何だか俺は赤也を泣かせてばかりだ。それに比べて何度笑わせてやれたんだろうか。 「涼汰先輩…大好きっス」 照れたように、幸せそうに、微笑んだ赤也を見て今考えていた事がどうでもよくなった。泣いた分だけ幸せにしてやる。そう決心したのは内緒で。 (幸せな音色に) (涼汰先輩、ほっぺ…どうしたんスか?)(ほっぺた?)(腫れてるっスよ)(あー…虫歯だよ) ――――――――――― 付け加えですが… 赤也が涼汰に謝ろうとして電話したら雅治が出ました。その時の会話が涼汰が夢だったのか悩んでいた話です。それから赤也はブン太に相談して、それを聞いたブン太が涼汰を殴ったという訳です。ややこしくて申し訳ありません。ちなみに井田さんは赤也と同じクラスです。 |
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