青空から始まる恋 | ナノ


09




何故か泣きそうな表情の赤也を放っておいて部室に帰って来た。そして着替える。やはり先程の話が聞こえていたらしく部室にいた人達からは気まずい雰囲気が醸し出されていて、誰も何も言わなかった。

「…涼汰、一緒に帰ろうぜぃ?」
「久々にそうしませんか?」
「…悪い、ブン太、柳生。そんな気しねぇから」

せっかく気を使ってくれた二人には悪いが乗り気ではない。とにかく一人になりたかった。脱いだユニフォームを鞄に突っ込むと早足で部室を後にした。




「…相当キレてましたね」
「…だな」
「てか、涼汰がキレんの初めてじゃね?」
「丸井に言われてみれば確かに見た事なかったのぅ」
「何にせよ当分は普段通りに戻らないだろう」




鍵を差し込んで回す。ドアを開けて乱雑に靴を脱ぐと鞄を廊下に投げ捨てた。寝室のドアを開けてベッドに身を投げた。

「……くそっ」

身を丸めてズキズキと痛む心臓を左手で押さえる。痛い、痛い、痛い。

涼汰先輩には関係ないじゃないっスか

リピートされる赤也の声。それに伴って心臓はキリキリと痛みを増やす。耳から離れる事のない声。それは拒絶の言葉。好きな人に拒否されるってこんなにも心臓が痛いんだ、と解ったように思ったけど何も変わらない。どうしよう、赤也が俺の元からいなくなってしまったら。突然それが無性に凄く怖くなった。赤也の笑顔が俺に向けられなくなってしまったら。赤也の瞳が俺を写さなくなってしまったら。怖い。考えただけで怖い。

「…あ、かや」

どうすればいい?別れなくてはいけないのか?解らない。何も解らない。考えられない。

視界が滲んで瞳を閉じる。外から聞こえる飛行音に耳を傾けて意識を飛ばした。




ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。ピンポーン、もう一つ。誰だよと悪態を吐きつつも重い瞼を開く。壁に掛かっている時計を見れば午後8時29分。帰ったのが7時前だったから少なくとも1時間以上は寝ていたらしい。

「…はい」

玄関を開けば見知った顔があった。

「寝とったんか?」

銀髪の彼は俺の寝惚けた顔を見てそう呟いた。確かに寝ていたけど。玄関を開けて一言目にそれはないんじゃないかと思う。

「一体何しに…」
「とりあえずお邪魔するぜよ」

俺の許可もなしに雅治はズカズカと家の中を進む。一応俺の家なんだけど、と言おうとしても寝惚けた頭では言葉を発せなかった。

「晩飯食べてないんじゃろ?ほれ」

雅治から手渡されたのはコンビニの袋一つ。中にはジュースやら弁当やらが入っている。どうやら近くのコンビニで買って来たみたいだ。

「お、おぉ…サンキュー」

一度来た事もあってか雅治は遠慮なしにリビングのソファーに座った。一応は客である雅治にお茶を入れる為にキッチンへと向かった。

「雅治、お茶」
「悪いのぅ」

雅治にお茶を渡すと俺もソファーに座った。二人の距離は30cm。雅治は何も言わない。俺も何も言わない。つまりは沈黙の状態。沈黙が長ければ長い程、考えてしまうのはやっぱり赤也の事。俺の行動選択は間違っていたのだろうか。やはりちゃんと赤也が言ってくれるまで待つべきだったのだろうか。

「…涼汰」

名前を呼ばれて振り向けばトン、と俺の頭が雅治の胸板に当たった。もー、いい加減学習しろよ、俺。頭に回った雅治の手を振りほどかないのは雅治が泣きそうな顔をしているからではない。俺がそうしていたいから。こんな事を考えたらいけないのだろうけど、今だけは誰かに甘えていたい。

「……雅治」
「えぇよ…泣きんしゃい」

俺は泣きそうな顔をしていたらしい。顔に出した覚えはないんだけどな。考えとは変わって滲む視界。少しだけ雅治の服の裾を握れば、雅治は背中を擦ってくれた。何でこんなに優しいのか不思議だ。

「……まさ、はる」
「うん」
「…っ…ま…さ」
「うん」
「…う、…っ赤、也」
「…」

雅治はその名前に返事をする事はなく、代わりに強く抱き締めてくれた。俺の涙腺は崩壊して。部屋には時計の秒針の進む音と俺の嗚咽だけが響く。




(明日はどうすればいい?)(どうすればよかった?)(俺が聞いた事がいけなかった?)(ぐちゃぐちゃの思考回路)


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