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「あの、厘財先輩」 「何…てか、あんた誰?」 「い、井田です。あ、の…厘財先輩が好きで「悪いけど、好きな奴いるから」 ここまでは今まで通りだった。俺はこのまま振り返らずに立ち去れば良かったんだ。なのに、間違えた。 「厘財先輩…!」 「俺に何の―――…」 振り返った俺が馬鹿だったんだ。何の用だ、と言おうとしたのに言葉は俺の口から出る事はなくて、軽い衝撃に対する驚きの声が口から出ただけだった。 「…何してんの、てか退け」 自分の胸の中を見れば、先程の井田が俺に抱き着いていた。自分から女子を引き剥がそうとしても上手く離れない。いくら俺でも女子に乱暴をする気はない。 「アンタさ、何がしたいの?」 未だに黙って俺に抱き着いたままの井田に尋ねた。出来るだけ優しい声で。 「ちょっとだけ…少しだけでいいから…」 そう言って再び俺の胸に顔を埋めた井田。ぎゅうぎゅうに抱き締めてくれるお陰で若干苦しい。女子は柔らかいって事は本当だった。そうは思っていてもやっぱり赤也の方が抱き心地がいい気がする。 「俺が迷惑してんの解んない?」 3分経っても離そうとしない女子に苛立つ。我慢の限界で、突き放すように冷たく言い放てばビクリと体を震わせた井田。顔を上げたけど瞳が濡れていた。けどそれを見ても罪悪感に苛まれる事はない。俺が好きなのは赤也なんだから。井田の瞳から涙が一筋流れるのを見た後、何故か井田の顔が迫って来ていた。咄嗟に出した手のひらに柔らかい何かが当たる。 「…おい」 井田と俺の手のひらがキスをしていた。テニスをしていた経験上、瞬発力が働いてくれたのだろうか。もしそうだとしたら、これ程ありがたい事はない。 「あ、…あの…」 無意識に俺にキスしようとしていたらしい井田は弁解しようと必死に言葉を紡ごうとしている。 「一回言ったけど、好きな人いるから」 ありがたい事に井田の手は俺から離れていて、背を向けて歩き出した。今度は呼び止められる事はなかったけど、後ろから聞こえる嗚咽が酷く耳に残った。 赤也と付き合っても今までのように告白されてきた。勿論全て断ったけれど。だって付き合っているのは赤也なのだから。本当は言いたいんだ。恋人がいる、赤也と付き合っている、と。なのに言えない。俺達の恋愛は簡単に公言出来る事ではないから。俺が責められるなら別にいい。だけど赤也が責められる事だけは嫌だ。 だから、俺は今の状態のままでいい。 「遅い!!」 「そーですか…」 ちょっと遅れたくらいで文句を怒鳴り散らす真田を放っておいて、俺は立海テニス部の部員達と弁当を広げる。 「厘財!お前はどうして時間内に…」 「五月蝿いから黙れ、馬鹿真田」 「いい加減にせんか!」 「お前がいい加減にしろ」 真田が俺に裏拳をしようとするが、俺は避けながら真田の腰を蹴り上げる。本当に黙ってくれねぇーかな、コイツ。五月蝿い以外の何者でもない。 「…涼汰、機嫌悪いのぅ」 「あー…言われてみれば確かに」 「丸井が何かしたんじゃなか?」 「何で俺なんだよぃ」 真田と喧嘩をしつつも雅治とブン太の会話は聞こえている。機嫌が悪いだって?当たり前だろ。知らない女子に抱き着かれたんだから。赤也に抱き着かれるんなら大歓迎だけど、好きな人以外に抱き着かれるなんて真っ平ゴメンだ。 「あー…苛々する」 「まぁ、そう苛々しんさんな」 「んー…」 雅治が宥めてくれるも俺の苛立ちは当分収まりそうにない。井田の事で十分機嫌悪かったのに、真田のお陰で余計に苛々してしまった。 「そーいえば、赤也は?」 「あぁ、委員会の集まりで遅れるらしい」 俺の問い掛けに連二が答えてくれた。ノートを見ながら。…もしかして連二が持っているノートには全委員会の情報まで書き込まれているのだろうか。無性に怖ぇ。 「涼汰が余計な想像をしている確率96%」 「…怖いねぇ、ウチの参謀は」 「俺の台詞取るんじゃなか」 雅治の手が俺の頭を軽く叩いた。…ちょっとした冗談だったのに。 空は快晴。風は微風。 (昼休み終了5分前)(赤也が来た)(俺の挨拶に)(泣きそうな顔で笑って返した) |
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