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「今日は風強ぇな」 天気は曇り。風は強い。 「涼汰、練習始まるぞ」 「了解ー、直ぐ行くよ、ジャッカル」 始まった練習。風が強かろうが弱かろうが立海の練習メニューは変わらない。ボールが風に乗せられて軌道を変えるのはイライラするのだが。 「あ」 不意に目が痛くて、ボールを追う為に動かしていた足を止めてしまった。反射的に目を擦る。 「厘財!足を止めるな!」 真田が足を止めた俺に向かって五月蝿く怒鳴る。いつもなら俺が真田に軽口を叩くのに今はそれ所じゃなかった。とにかく目が痛い。 「…どうかしましたか、厘財君?」 柳生が心配そうに声を掛けてくれる。パチパチと瞬きを繰り返す俺を不審がって雅治とブン太も集まった。 「どうしたんじゃ?」 雅治が俺の顔を覗き込む。見える映像がおかしい。ピントが上手く合わない。視界に写る物の全てが二重に見える。 「なぁ、柳生…」 「なんでしょうか?」 「眼鏡の予備とか持ってない?」 目の痛みの原因が解った。コンタクトが風で飛んでしまったらしい。ピントが合わない原因もそれだ。 「…なんだかなー」 「やっぱ、違和感ある?」 「有りすぎだろぃ」 急遽柳生から借りた予備の眼鏡は俺には似合わないらしい。フレーム無しの丸眼鏡。やはり柳生だからこの丸眼鏡が似合うのだろう。 「雅治もそう思う?」 「ピヨ」 「…はぁ」 ちゃんと喋れ、と頭を軽く叩いてやった。まぁ、これでテニスをするには支障がないハズだ。そろそろ練習に戻らないとコートで真田が怒鳴って五月蝿い。 「五月蝿せぇな…今戻るっつーの」 眼鏡を掛けた俺はコートに入って練習を仕方なく再開した。意外にも柳生の眼鏡は付け心地が良くて、動いても眼鏡がずれない。 「なぁなぁ、赤也」 「、何スか?」 ドリンクを飲んでいた赤也に話し掛ける。一応言っとくけど、ちゃんと休憩中だからな。サボってばかりじゃないからな。だからそんな目で見ないで、幸村部長。 「俺ってそんなに眼鏡似合わない?」 ブン太に言われた事を気にしていないと言えば嘘になる。気にしている訳ではない。けど、気にしていない訳でもない。まぁ中間くらい。 「………俺、は」 「俺は?」 中々口を開かない赤也に次の言葉を催促する。中途半端に言われるのが一番気になるから。 「…………い、……ス」 「何?」 「…だから、…か「何時まで休憩しているつもりだ!!」 いい所だったのに真田という邪魔が入ってしまった。毎回コイツに邪魔をされるのは勘違いではないだろう。何の恨みがあって邪魔するのか解りたくないが、はっきり言って迷惑だ。 「うっせー、邪魔すんな!」 「何だと!?」 言い返せば返ってくる言葉に余計に苛々してしまう。あー、もー。せっかくの赤也との会話を邪魔するなよ。決めた。今度真田が試合してる時に邪魔してやろう。いつもの仕返しだ、仕返し。今はとにかくムカつくので、 「馬鹿真田ー!!」 叫んでおいた。 「いい加減にせんか!!」 馬鹿と言ったのが聞こえたらしい真田が俺に向かって走って来る。 「やべっ…逃げろ」 俺は真田から逃げる。真田は俺を追いかけて、俺は逃げる。鬼ごっこのように。捕まったら捕まったで面倒だから俺は逃げる。 「五月蝿いよ」 声が聞こえた。ドスの聞いた悪魔の声。真田と共に振り返れば立海の部長様が立っていた。後ろに見える黒い雰囲気みたいなのは何なのだろうか。深くつっこまない事に決めた。恐ろしい目に会いたくないから。 「何時までそうしているつもり?」 「えー…っと」「…ゆ、幸村」 「真田、一々五月蝿い」 「…う、うむ」 「涼汰は言い返すのを少し抑えようか」 「…うぃっす」 「じゃあ、練習始めようか」 「「…はい」」 幸村に静かに怒られた俺と真田は練習を静かに再開した。 「お疲れ様でした!」 「おー、お疲れ」 部員達の挨拶に答えてから部室に入って着替える。今日も疲れた。やっぱりローボレーが苦手だ。どうしてもバウンドしてから打ちたくなってしまう。どうやってこの弱点を克服すべきか…。 「お疲れー」 「お疲れ様です」 「あ、柳生」 「?」 「コレ、サンキューな」 「いえ、全然構いませんよ」 「お陰で助かった」 柳生に借りていた眼鏡を返した。明日まで貸しましょうか、と言ってくれたけど気持ちだけ有り難く頂いた。 「赤也ー、帰ろ」 「あ、はいっ」 着替えた赤也と一緒に部室から出て、帰る。毎回の様に。約束なんてしていない。けど、偶然家の方向が同じという事もあり、一緒に帰るの事がどちらかに不都合を与える事はない。それに、俺達は付き合ってるんだし、俺としては一緒に帰りたいし。 他愛ない話をしながら帰路を歩く。こんな些細な時間が俺にとっては嬉しくて仕方ない。全く、俺は赤也に依存し過ぎてるのかもしれない。 「そーいえば部活の時に何て言おうとしてた?」 真田の邪魔が入る前に赤也は何かの言葉を発しようとしていたのを今思い出した。 「確か、か〜何とか…」 「わ、忘れて下さい…」 そっぽを向いてしまった赤也の耳が赤いのは気のせいではないだろう。そん赤也が可愛くて余計に意地悪をしてみたくなった。 「あーかーや?」 「ぅわっ…!?」 ぐい、と両手で赤也の肩を掴んで俺の方に向かせる。夕日のせいではなく、顔はやはり赤かった。 「…何て言おうとしてたの?」 視線を合わせて聞いてみたけど赤也は中々口を開こうとしない。赤也の視線が宙を舞うだけだった。 「ねぇ」 赤也の腕を引き寄せて、抱き締めた。相変わらず小さい体。抱き締めれば赤也の頭が丁度俺の首元に当たる。 「教えて…?」 耳元で囁いて尋ねれば、赤也がぴくん、と反応したのが密着した体から伝わった。赤也が耳に弱いのは知っている。だからこそ、耳元で囁いて聞いてみた。 「赤也…?」 ぎゅっと俺の背中に手を回して捕まってくる赤也が可愛い。人通りが少ない道でよかったな、と安堵した。 人が沢山いる場所でのこの様な行為は控えなければ。只でさえ、俺達の恋愛はタブーとされているのだから。ま、そんなタブーがあろうがなかろうが赤也を離す気はないけど。 「……かっこよか、った…っス」 「へ?」 「っだから…!涼汰先輩が眼鏡掛けたのがっス!」 格好良かった…?赤也が、俺を…? 「〜…!」 「涼汰せんぱ…!?」 思い切り赤也を抱き締めて、赤也の首元に顔を埋める。あー、もー。反則だろ。絶対に今の俺の顔は赤い気がする。好きなヤツに格好いいって言ってもらえるってこんなに嬉しい事なんだって思った。 「えっと…変な事言いました?」 そんなんじゃない、凄く嬉しくて、赤也が好きだと思える。愛しくて離したくない。 「…赤也反則」 きっと赤也の瞳には赤い俺の顔が写っているのだろう。そんな事を頭の片隅で考えながら、そっと赤也の唇に自分のを重ねた。 (……好きです)(俺も)(夕日に重なる)(僕等の影) |
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