青空から始まる恋 | ナノ


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どうしよう。何と答えればよいのか解らない、答えが見付からない。何か答えなくては変に思われてしまう。早く何か、言わないと。

「…違ぇ、よ」

口から出たのは否定の言葉。この問い掛けに肯定の返事を返せたらどれだけ良い事だろう。自分で自分の気持ちを否定しただけで胸に鉛が落ちたようだった。

「嘘付くなよぃ」

前を見ればブン太は真剣な瞳で。お互いの視線が交わり合う。ブン太の瞳はテニスをしている時のように凛としていて、見ているこっちが怯んでしまいそうだ。

「嘘が下手だって言ってるだろぃ」

軽く頭を叩かれた。しかもグーで。痛ぇよ、と呟くと仕返しをしようとしたけれど、出来なかった。その手を掴まれて。

「何年間涼汰と一緒にテニスしてると思ってるんだ?」

三年間、と小さく呟いた。掴まれた手が熱い。ブン太の体温が伝わる。

「最近涼汰が赤也の事を目で追ってるのも知ってんだぞぃ」

どうやら俺は知らない内に目で赤也を追ってたらしい。無意識で目で追うってどうなんだろうか。危ない人に分類されない事を頭の片隅で祈った。

「隠すなよ、同じ部活のメンバーだろぃ」

あえて仲間だ、と言わなかったのはブン太らしい。それと同時に言ってもいいのだろうか、と一瞬戸惑った。ブン太に拒絶されるのが怖くないと言えば嘘になる。だけど、俺は、

「……俺、さ…」

口内が乾燥して声が掠れる。心臓の音がいつもよりも緊張で五月蝿い。

「…赤也の事、好き、みたい、だ」

語尾は震えて小さな声になってしまったけど、ブン太は満足そうに微笑んでくれた。





「のぅ、赤也」

赤也は仁王に呼び出されて裏庭にいた。今は授業中なので辺りには誰もいない。

「…何スか、こんな所に呼び出して」

仁王は赤也に背を向けている為にその表情を伺う事は出来ない。だけど仁王の声はいつもよりも低かった。

「お前さん…涼汰の事どう思っとる?」
「へ?涼汰先輩ですか?」
「そうじゃよ」
「どうって言われても…」

言葉を濁す赤也に漸く仁王が振り向いた。その表情はいつもの表情ではなくて、真剣で冷たい表情。詐欺師ではなくて仁王雅治の表情。

「赤也が気付いてないんなら…俺が貰うぜよ?」
「貰うって…涼汰先輩が好きみたいじゃないっスか」
「そうじゃ」

いつもなら奇妙な言葉で真実を隠すのに今の仁王は違った。いつもの仁王と今の仁王、その違いに赤也は戸惑うばかりだった。

「仁王先輩、可笑しいっスよ…だって、涼汰先輩は男で、…」
「それが何じゃ?」

仁王の冷たくて敵意のある言葉と視線は赤也に向けられた。こんなに人間らしい仁王を赤也は見た事がなかった。いつも何処か掴めない人だったから、仁王は。

「男が男を好きになったらいけんか?男が男に好意を抱く事はそんなにも可笑しい事かのぅ?」
「……俺、は」
「もう一度よく考えんしゃい」

鋭い視線は赤也に。

「赤也は気付いてないだけじゃ」

呼び出して悪かったのぅ、と言い残して仁王は歩き出す。裏庭に取り残されたのは赤也だけ。

「…何だよ、…気付いてないだけって」

俺は涼汰先輩の事を、どう思っているんだろうか。ゆっくりと思い出す。

涼汰先輩はテニスが凄く強い。だけど面倒な事は絶対にしなくて。初めて試合をして、負けて悔しくて。先輩の練習メニューを偵察してたら涼汰先輩が努力している事を見つけた、。練習メニューを先輩なりに工夫していて、それは普通のメニューよりも厳しかった。面倒事が大嫌いの先輩が殴られた俺を助けてくれて嬉しかった。涼汰先輩が俺の頬の腫れが収まるまで一緒にいてくれてとても心地よかった。本当は優しい人なんだ、と初めて解った。先輩には発作があって、屋上で見た先輩は誰よりも弱々しかった。目が覚めた時の先輩は泣いていた気がする。泣き顔は見ていないけど、きっと泣いてた。抱き締められた時に声が震えていて、体も小さく震えていた先輩を感じて。俺まで苦しかった。だから、抱き締め返した。仁王先輩が来て。体が離れた時に寂しい、と思ってしまった。内緒でシュークリームをくれた時も。先輩の家に泊まりに行った時も。先輩と手を繋いだ時も。先輩と話した時も。先輩と、キスしてしまった時も。

本当は、全部、全部嬉しかった。涼汰先輩は俺を暖かくしてくれる。

「……好き、なんだ」

俺は涼汰先輩が、好き、だ。




((好きなんだ))(誰もいない裏庭で)(ブン太のいる屋上で)(解った気持ち)


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