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あの日。 曇り空。 湿った空気。 蒸し暑い気温。 「きょ――も――く―?」 「で―、―か―んが…」 「だ―ょ―ぶ―て、―い――う」 「――っ―よ、涼汰っ」 「…う……っん…」 瞳を開けば薄暗い空が眼帯を付けていない左目に写る。長い間寝ていたんだ、と認識した。不意に頭に違和感。何かの上に乗っている。何か、を認して驚いた。 「あ…か、也…?」 俺の頭の下には赤也の膝があった。つまりは膝枕をされている状態。本人はぐっすりと眠っている。赤也の手は俺の頭の上に添えられていて、先程まで撫でていてくれたらしい。何で、赤也が。膝の上から退けようとしたけれど体に力が入らなくて諦めざるを得なかった。 「……赤、也」 左手で赤也の頬に触れれば、少し冷たくなっていた。長い間こうしてくれていたらしい。試合の後で疲れているはずなのに、選手なんだからこんな所で寝ていたらいけねぇだろ、と心の中で思ってはいても赤也が傍にいてくれて嬉しいと思うのは気のせいではない。 「赤也…、ありがと」 頬に伸ばしていた手を赤也の唇に触れさせて輪郭をなぞれば、赤也はくすぐったそうに身を捩らせた。 「…邪魔したかのぅ」 急に第三者の声に驚いて、赤也から手を離して声の方を振り向いた。 「…ま、さ…治…」 やはり声が掠れて出ない俺に雅治はペットボトルに入った水を差し出してくれたが、俺は未だに力が入らない事を思い出した。本当に俺は駄目だな、と心の中で自嘲する。人に迷惑かけてばっかりだ。 「…悪ぃんだけど、…起きるの…手伝って、くんねぇ…?」 差し出された雅治の手を掴もうとしても手に力が入らない。それを見兼ねた雅治が俺の手を引っ張ってくれたので、勢いよく力の入らない俺の体も雅治の元へと引っ張られる。 「っ…!」 気付いた時には俺は雅治の腕の中に。雅治の胸板に押し付けれるように抱き締められている。聞こえる心音が速いのは気のせいではない。 「…雅治…?」 中々俺を離そうとしない雅治。それどころか雅治が俺を抱き締める腕の力は段々と強くなっている。 「……雅治」 いい加減に離せ、という意味を込めて少し力を入れて名前を呼んだ。 「…ピヨ」 ようやく解放された俺は渡されたペットボトルの水を飲む。 「なぁ、今何時…?」 「6時58分ぜよ」 つまりは学校に戻って来て約2時間経過している。恐らくミーティングが終わって1時間は経っているだろう。また、迷惑かけちまった。どうして俺は人に迷惑をかける事しか出来ないのだろうか。 「…悪いな、いつも」 「そんな事ないぜよ」 即答してくれた雅治。その場しのぎの言葉でも少しだけ嬉しかった。 「涼汰」 突然呼ばれた俺の名前。 「勘違いしとらんか?」 何が、と雅治の顔を見つめる。意味が解らない。何故そんな事を急に言うのだろうか。 「誰も迷惑だなんて思っちょらんよ」 何でそんな事が言えるんだ、と呟いた。雅治がそんな事を言う理由が俺には解らない。 「涼汰、俺達を信じんしゃい」 ぐしゃり、と頭を撫でられたと同時に雅治に引き寄せられて、抵抗する隙もなく再び雅治の胸に押し付けられた。 「泣きそうな顔しちょる」 そんな事を言われても俺は泣いちゃいけないんだ。俺なんかが泣く資格なんてない。俺なんか、が。 「…平気だから、離せ」 ごめんな、雅治。せっかく気を使ってくれたのに。渋々と離される雅治の腕。 「さて、赤也起こしんしゃい」 帰るぜよ、と雅治は何事もなかったように立ち上がった。その態度に少しだけ救われたのは内緒。 「…おぅ」 校門で待っとる、と言い残して雅治は先に歩き出す。この場に残ったのは俺と未だに寝ている赤也だけ。つまりは二人きり。 「…赤也、起きろ」 「…んー…?」 「赤也」 「…あれ…涼汰先輩?」 ぼけーっとした赤也の瞳に俺が写る。その瞳は焦点が合っていなくて何処か虚ろだ。不審に思いつつも俺は赤也の名前を呼ぶ。 「赤也…?」 中々返事をしない赤也に疑問が募る。瞳は開いているけどちゃんと起きているのか?不思議に思って、ずい、と自分の顔を赤也に近付ける。 「おい」 「……」 更に近付ける。俺の鼻と赤也の鼻の距離残り5センチメートル。 「赤也」 「っ…え、わっ!?」 目が覚めたのか勢いよく立ち上がったのは赤也。そのせいでお互いの額を強打。 そして、触れた、唇。 「………あ」 「!!?」 (暗くてよく見えないはずなのに)(やけに赤く見えたのは)(赤也の顔で) |
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