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いつだってアイツは心配性だった。好奇心旺盛な俺とは正反対だった。だから、あの日も俺は―――…。 「ん…っ」 「涼汰先輩?」 目を開くと変わらない青空があった。 「…あ、か…や?」 口で呼吸をし過ぎたのだろう。喉が乾燥していて掠れた声しか出せない。頭がクラクラしてボーっとする。思考回路が停止してしまいそうだ。 何だか解らないけど、無性に淋しくて哀しくて、側にいた赤也に手を回した。 「えっ…涼汰先輩…!?」 赤也の背中に手を回して抱き締めた。 「…わ、りぃ…ちょっとだけ…」 言葉の最後が震えたのは気のせいだと思いたい。滲む視界は知らない振り。瞳を閉じれば首に赤也の手がそっと回された感触がした。心地よい体温に安心して少しだけ背中に回している手に力を入れる。本当はこんなの駄目なのに。こんな、今だけ赤也を利用している事なんて。ごめん、と小さく心の中で謝罪する。 ガタンと空気に鳴り響いたドアを開く音。赤也が息を飲んだのが解った。 「…涼汰先輩、あの…」 赤也は俺を離そうと必死だ。まぁ男と男が抱き合っている所なんて見られたら冗談にはならないからな。でも俺は離したくなかった。赤也の体温を感じていたくて背中に手を回したままだった。けれど、赤也があまりにも戸惑っている様子だから可愛くて、でもこのまま見付かったら赤也が可哀想で俺は手を離した。 「涼汰、大丈夫か?」 貯水タンクの裏、俺達がいる場所に顔を出したのは雅治だった。屋上のドアは貯水タンクの裏側に位置する。つまり、先程の赤也との抱き合いは見られていないという事だ。赤也に取っては幸いだったのだろうが。 「ん…へー、き…」 やっぱ掠れた声しか出ない。ほれ、と手渡されたのはペットボトルに入れられた水。 「…わり、ぃな…サンキュ…」 受け取ったペットボトルから口に水を含んだ。潤される喉と口内。まだ力が入らなくて上手く飲めなかった為に口の端から水が少量溢れた。袖で其れを拭き取ると話し始めた雅治。 「さて、…説明してもらおうかの?」 赤也と雅治の視線が俺に集中さた。やっぱ言わないといけないみたいだ。 「あー、最初に言っとくけど…さっきの事は他言無用で」 知られたらテニス出来なくなるかもしれないし、と付け加えれば二人とも了承してくれた。同じテニスプレイヤーとして、テニスが出来なくなるのがどれ程辛いのかを解っているから。 「…ま、簡単に言えば発作だな」 「発作っスか…?」 「そう、最初に喘息と似た症状が出て、酷くなれば呼吸困難になる」 運が悪けりゃぁ呼吸停止だけどな、と明るく言ってみたけれど効果は無しだった。むしろ余計に雰囲気が暗くなった気がする。 「…普段は呼吸困難の症状が出る前に薬を飲むんだが、今日は生憎鞄の中に置いてきてしまったって事」 ま、年に一回か二回出るくらいの頻度だから平気だよ、と告げても二人の固い表情は変化しなかった。 「原因とかあるんか?」 一瞬表情が強張ったのを俺は誤魔化せただろうか。原因がない訳ではない。あるという訳でもない。ただ、アイツの事を思い出して後悔すれば発作は必ずやって来るんだ。其れが原因かなんて俺には解らない。 「…さぁ?毎回突然だからな」 キンコンカンコンと立海のチャイムが一際大きく鳴った。俺には丁度いいタイミングで。心中で密かにガッツポーズ。 「あ、授業…」 「今の終わりのチャイムっスよ」 「は?今何時?」 「11時30分っス」 … 今、3時間目終わった? 「え…俺、どのくらい寝てた…?」 「んーと…3時間くらいっスかね」 3時間も…。俺はどんだけ熟睡してたんだよ。自分の熟睡に悪態を吐きつつも必死に頭を働かせる。俺が熟睡している間に雅治と赤也は何をしていたのだろう。 「と言う事は…」 「プリッ」 … 「本当にゴメン!」 雅治が真実を語らない時点で悟った。赤也と雅治は3時間全ての授業に出ていないのだ、と。3時間全て俺に着いていてくれたのだ、と。 「せ、先輩、大袈裟っスよそんなの…!」 頭上げて下さい、と言われても上げられる状況ではない。発作で散々迷惑掛けておいて、授業サボらせたって…。 「…本当悪い」 「ならプリンでも奢って貰おうかの」 「へ?」 突然の発言に俺は頭にクエスチョンマークを浮かべる。プリン?奢る?雅治の考えている事が赤也は解ったらしく便乗した。 「じゃあ俺はコロッケパンがいいっス」 「?…どーゆー事?」 「悪いと思っとんなら奢りんしゃい」 俺にも漸く解った。以前赤也が使った方法と同じ事であると。 「…おぅ、任せとけ」 何だか無性に嬉しくて口元が緩んだ。 (笑ったっス!)(涼汰はあんまし笑わんからな)(何、コソコソ話してんの?)(青空の下での楽しい一時) |
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