はっきり言って俺は合宿があまり好きではない。特に俺達立海と東京の青春学園が合宿をする時が一番困る。初日はまだ真田の目が行き届いているからいいんだ。二日目からは練習試合が本格的に始まる為に各々が自分の事に集中する。そうすると始まるわけだ。


「んだとっ!?」
「五月蝿いから黙ってくれない?」

ほら、毎回恒例のように始まった。俺達立海の二年生エースの切原赤也と青春学園一年生ルーキーの越前リョーマの喧嘩と呼ぶには下らない口喧嘩だ。今日は合宿二日目。やはり真田は自分の試合の為にいなかった。

「ばーか!」
「まだまだだね」
「チビのくせに生意気なんだよ」

赤也のチビという言葉に挑発していた越前も遂に頭に来た様子で。本格的な言い合いが始まった。最終的にはお互いを罵るだけの口喧嘩に発展している。やれやれ、と言葉を溢して俺はベンチから立ち上がった。

「お前、潰されたいの?」
「出来るもんなら「はいストーップ!」

ぐい、と俺は半ば強引に赤也と越前の間に入り込んだ。俺を間に挟んでも未だに赤也と越前は睨み合っている。ここまで不仲とは呆れを通り越して逆に笑えてくる。

「こらこら、おっチビー!」

俺の介入を目にしたらしく、同じ様に二人の言い争いを止めようと菊丸が越前に飛び付いた。ぐらり、と突然の飛び付きに越前の体がバランスを崩しかけた。

「はっ、お前、鍛え方が足りないんじゃねぇの?」

また赤也が余計な事を越前に言うから越前もムキになって赤也に言い返す。せっかく治まっていたのに、再び口喧嘩が再発してしまった。俺と菊丸は呆れるしかない。

「はいはい、おチビ行くよー」
「ちょっ、菊丸先輩!」

「赤也、行くぞ」
「春樹先輩!まだ決着が…!」

俺と菊丸は越前と赤也の口喧嘩を止める事を諦め、最終的には二人を引き離す事にした。ぐい、と赤也の肩を両手で持つと押して歩かせ始める。一方の菊丸も同じ様に越前を赤也から引き離していた。

「菊丸、」
「にゃ?」
「大変だな、菊丸も」
「川瀬には負けるけどね〜」

そんな軽いやり取りを少しだけして菊丸と別れた。どうやら菊丸も手のかかる後輩に苦労しているみたいだ。最後に菊丸から言われた言葉に苦笑いを溢しつつも赤也を強引に更衣室裏に連れて行った。



「春樹先輩!いい加減に離して下さいって」

ここならいいか、と思い人気のない更衣室裏で赤也の両肩を掴んでいた手を離した。強引に俺によって歩かされた為に赤也は不機嫌そうだ。

「はぁ…赤也、お前なぁ。何の為にわざわざ神奈川から遠く離れた東京にまで来て合宿してんの?」

普段の俺が発する声色よりも幾分か低く発した声に赤也は俯いた。どうやら俺の虫の居所が悪い事を察知したらしい。

「お前は越前と下らない口喧嘩する為に合宿に来てんのかって聞いてんの」
「……違い、ます」

俺の返答を促すような言葉に赤也は掠れた声で呟いた。どうやら今の赤也は緊張と焦りが入り交じっているみたいだ。そんな事を頭の片隅で思いつつも俺は赤也に言葉を発した。

「赤也は越前よりも一つ年上だろ?お前が感情任せに行動したら駄目な事くらい解るだろ?」
「……ッス」

どうやら俺の普段とは違う態度に赤也はすっかり反省した様子だ。叱るのもこのくらいでいいか、と思い赤也の頭に手を乗せてぐしゃぐしゃと撫で回した。

「う、わ…!」
「解ればよろしい!」

試合に戻ろうぜ、と赤也に一言告げて俺はくるりと彼に背を向けた。早く戻らないと真田の試合が終わってしまう。そうなると今まで何処にいたのかと問い質されて赤也が怒られるのがオチだろうから。

「っ…!」

軽い衝撃を感じて振り返れば、俺の背中に赤也が抱き着いていた。俺より頭一つ分くらい小さい赤也の身体は思っていたよりも華奢で細かった。これから筋肉がついて図体が大きくなるのだろう。

「俺、川瀬先輩、大好きっス!」
「ははっ!俺も赤也は好きだよ」

後輩の中では赤也が一番好きだな、と呟いた言葉はどうやら赤也に聞こえたらしい。「…後輩の中っスか」と残念そうな悲しそうな声色で呟いた赤也の声は俺には上手く聞こえなかった。




明星まで飛んでいけ
(まだ俺は知らない)
(誰が誰を好きなのかを)