俺の好きな人は誰にも内緒。言ってはいけない恋。俺が好きになったのは男の人だから。そもそも男の人なんて好きになったのは初めてで、俺はどうすれば良いのかすら分からない。銀時はきっと女の人の方が好きだろうから、アプローチなんて出来る筈もない。もしそうしたとして、気持ち悪いなんて思われたくなかったし怖かった。

「痛っ」

そんな考え事をしていたら包丁で指を切ってしまっていた。どうやら傷は深く、傷口からじわりと血が滲んではぽたぽたと床に落下する。晩御飯の支度を中断して、止血の為の絆創膏を俺は探し始める。一通り棚の中などの収納場所を物色するが、どうやら台所にはないらしい。もしかしたら居間の方にあるのかもしれない、と俺は台所を抜けて其処に足を向ける。

「あ、銀時」
「んー?」

居間に入ると、何時ものようにソファに寝転んでジャンプを読み込んでいる銀時の姿。流れ落ちる血液が床に零れ落ちない様に、左手の傷口を右手で覆い被せている。

「絆創膏ないの?」
「あァ?絆創膏だ?…どっか怪我でもしたのかよ」
「んー、ちょっとね」

銀時の事を考えていて包丁で指を切ってしまった、なんて俺の口が裂けても言えるはずがなかった。片手でごそごそと絆創膏を探す俺を見兼ねたらしい銀時がゆっくりとソファから起き上がった。

「ったく…春樹、良いから座ってろ」
「でも、」
「大人しく座ってろ。血が床に落ちたら掃除しなきゃなんねェだろ」

そんな面倒くさい事、銀さんはお断りだからね、とぶつくさと文句を言いながらも絆創膏を俺の代わりに探してくれる銀時。別に掃除なんて銀時がする事ないのに。俺が自分で汚したのならば、俺が自分で後に掃除する事くらい分かっているはずなのに。そんな憎まれ口を叩きながらも、何だかんだで俺の代わりに動いてくれる銀時の優しさについ頬が緩む。

「…ほらよ」
「ありがとう」
「っても片手じゃ貼れねェな…ほら、傷口出せ」

絆創膏を箱から取り出しながら、銀時が普段通り面倒くさそうな口調でそう言葉を紡ぐ。そんな銀時に俺は何も言わずに切ってしまった左手をゆっくりと差し出す。思っていたよりも出血は酷い。

「あらら…随分深く切ったな、これ」
「ん…流石に、ちょっと痛い」

痛さを紛らわすようにそう笑えば、銀時は一度俺から離れた。先程絆創膏が仕舞ってあったであろう棚の中を再度物色している。暫くして戻って来た銀時の手にはティッシュと消毒液が握られていた。

「…消毒液って…沁みるよね…?」
「まァ、こんだけ深く切ってたら痛ェだろうな」
「…何も消毒までしなくても…」
「痛いのくらい我慢しろよ。何歳だお前」

引っ込めてしまった俺の左手を、銀時が掴む。それだけなのに触れられた手が酷く熱い。そして、銀時は何の躊躇いもなく傷口に消毒液を溢した。

「痛ッ!」
「ほら、動くな」

痛さに負けて手を引っ込めようとする俺の手を銀時は力強く握って離さない。そのままの状態で銀時は手にしていたティッシュで消毒液に濡れた俺の傷口を軽く拭くと、手を離した。

「…っちょっとは、容赦しろよ」
「だから何歳だよって。ほら、絆創膏巻いてやるから動くな」

有無を言わせない銀時に、俺は口を閉じて傷口を差し出した。箱から絆創膏を取り出した銀時が俺に再び近付く。向かい合うようにして、銀時が俺に先程よりもずっと近い距離にいる。それだけで一気に俺の心臓の鼓動が速くなる。どうしよう、顔、赤くなっていないかな。そんな事を心配しつつも、俺は銀時が巻いてくれる絆創膏を見つめたまま。ちらり、と眼前の銀時に視線を移せば、思ったよりも近い位置に銀時の顔がある事に驚いた。

「ほらよ。…って何赤ェ顔してんだ馬鹿」

そう言いながらも小さく笑う銀時。夕日が窓から差し込んで、部屋の中をオレンジ色に染め上げていた。ああ、好きだな、なんて実感してしまう。本当に残念ながら俺は銀時にべた惚れだ。




君と居た場所は鮮明に色を潜めるだけ