海賊船が、来たらしい。
巷で聞いた噂だったが、この街に海賊船がやって来るのは珍しい事ではない。古くから海賊や船乗りとの交易で賑わっていたこの街では歓迎すべき知らせである。だがただの海賊船が街に来ただけではここまで大きな騒ぎにならない。それもそのはず。今回この街にやって来た海賊船というのが、かの有名な白ひげ海賊団の船だと言うのだから驚かずにはいられない。世界最強の男であるエドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団。船員は千人を超える程多く、また各々の力量も他の海賊は足元にも及ばないと恐れられている。

「白ひげ海賊団が来てるって!」
「こりゃあ忙しくなるぞ!」
「仕入の量も質も上げておけ!」

街は白ひげ海賊団との取引を楽しみにしている商人で非常に賑わっていた。商人だけではない。かの有名な海賊団を一目見ようと多くの見物客もこの街を騒がせている原因でもある。今回の機を逃してなるものかと、街には海軍も多く見られるが、街の住人や見物客、沢山の商人に押し込められて身動きが自由に取れない様子である。

この街に人にとって海賊は信頼している相手ではなく、ただの客である。そこには商売上の繋がりしかなく、それ以上の関係には到底成り上がりはしない。もしもこの街の商人に客である海賊が手を出したり不当な値段で商品を奪おうものならば、この街の人間から消されることになるだろう。事例は過去に幾つも起こっている。商人の街であるからこそ、商人達の横の関係は広く深く、それ故に非常に仲間意識が強いのである。早い話が仲間の報復である。

「すみません、この街の住人の方ですか?」

普段よりも格段に人の増えた街を歩いていると、ノースリーブの真っ白な軍服を着て紺色のズボンを履いて銃を背負っている人に話し掛けられた。彼の背後を見ると他にも数人の同じ格好をした者が立っている。ああ、海軍の人か、と俺は頭の片隅で考える。

「ええ、そうですけど何か?」
「街でこのような人を見かけませんでしたか」

海軍の人が持っていたのは数枚の手配書だった。その何れも懸賞金は普通の海賊よりも桁外れに高い。エドワード・ニューゲートに、マルコ、ポートガス・D・エース…どれも知らない人ばかりだ。

「おれは見ていないですね」
「そうですか。ご協力に感謝します」

びしり、と俺に敬礼をした海軍の人達は颯爽と踵を返して立ち去った。この街で生まれて、この街から出た事のない俺には外の世界がどのようなものかなんて想像もつかない。そもそも俺はこの街が気に入っているし、外に出る気もないのだからどうでも良い話なのだが。ぼんやりとそんな事を考えつつ、ゆっくりと人通りの多い街中を歩いていた時の事だった。どん、と身体に衝撃が走って、俺は地面に座り込んでしまった。

「おっと、悪いな」
「いえ、こちらこそ」

すまねぇ、と俺に手を差し出す青年。その手を受け取り握り返すと、青年は俺を引き起こしてくれた。見た目は俺と同じくらいの年齢なのに、こんなにも力が違うものなのだろうか。

「怪我はないか?」
「ああ、平気です」

そうか、なら良かった、と太陽のように笑った青年。

「それじゃあ」

再び俺に笑いかけて、青年は人混みの中に消えて行った。この青年が手配書に描かれていたポートガス・D・エースだと俺が気付くのは数分が経ってからの事だった。




まばたきの音、それがための沈黙