宇宙から見た地球は綺麗だ、まるで闇の中に青く光る硝子玉が浮かんでいるみたいに。そして地球から見る桜は大変美しい。花を咲かせて散るまでの僅かな時間を地球人は儚いと表現しては感慨に耽るのだそうだ。

「ね、神威…こういう感情は何て表現するのかな?」

僕の背後で僕と同じように桜の散り様を眺めている神威に問いかけてみるが何の返答もない。ちらりと彼の表情を盗み見るも、神威はただ散り行く桃色の花弁を眺めてるだけだった。

場所は京都。此処は古くから伝統演芸や芸術の盛んな土地であるらしい。そして人の感性も他の場所の人よりも豊かであるらしく。尤も、そんな事は僕達にとってはどうだって良いのだが。ただ、この場所に植えられている桜は見事であるの一言に尽きる。

「ね、神威…この宿の風呂はどうだった?露天風呂っていう風呂だったんでしょう?」
「ああ…桜が綺麗だったよ」

そう答えた神威の髪の毛は未だに水分を含んでいる。あれほど風邪をひいてはいけないからと言っているにも関わらず、どうやら僕の言葉は彼に届いてはいないらしい。

宿の一室を借りて、僕と神威は京都に滞在していた。何でもこの近くの料亭で近々大きな取引があるらしい。阿武兎と云業は隣の部屋。他の団員達の部屋割りは知らない。所詮僕の知った事ではないのだ。僕は縁側に腰掛けながら、神威は僕の背後に立ちながら、僕達は花弁を散らす桜の樹を眺めていた。

「…っわ、」

ずしり、と僕は背中に確かな重みを受けた。首を回してみると濃い桃色の頭髪が視界の隅に見え隠れしているのを見て、重みの原因が神威である事を認識する。

「神威、重いってば」

僕を背後から抱きすくめるようにして全体重をかけている神威に笑いを含ませつつ抗議の声を上げるが、彼は頭を僕の首筋に埋めたまま顔を上げようとはしない。濡れている神威の髪の毛が僕の衣服に水分を含ませていく。

「ね、神威…桜、綺麗だね」
「…そうだね」
「花弁の色がもう少し濃いかったら、神威の髪の毛の色と同じなのにね」
「…」
「…神威、眠いの?」
「…」
「そのまま寝たら駄目だよ、首と腰痛めちゃうからね。寝るならこっちにおいで」

ぽん、と軽く自分の膝上を叩いて神威の名前を呼んでやる。僕の背中に預けられていた体重がゆっくりと離れて行き、今度は僕の膝に神威の頭が乗せられた。

「…ねえ、春樹」
「んー?」

湿っている神威の髪の毛を撫でながら返事をすると、今まで桜を眺めていた彼が僕へと視線を移し変えた。神威の海色の瞳に僕が映る。

「桜、好きなの?」
「うん、綺麗だからね。それに咲き誇ってから散るまでが僕達みたいじゃない?戦場でしか生きられない僕達だけど、強い奴に敗れて死ぬ時は一瞬なんだし」
「…相変わらず春樹は比喩が好きだね」

不快そうに眉を顰めた神威に笑みを溢す。神威は僕みたいな考え方が嫌いなのだろう。僕みたいに一つの事に何かを絡めて考える夜兎よりも、神威は割りきって考える夜兎だから。

「春樹は桜と俺、どっちが好きなの」
「…難しいね」

悩むんだ、と少し不貞腐れた表情を浮かべた神威の頭をゆっくりと撫でる。

「春樹、殺しちゃうよ?」
「はいはい、僕は頑張って逃げるからね。また頑張って追いかけてね」
「…今は眠いから勘弁してあげる」
「ふふ、ありがとう」

阿武兎に俺の睡眠の邪魔したら殺すって言っておいて、と僕に告げて神威は瞼を閉じた。春の風が桜の花弁を巻き込んで小さく僕の髪の毛を撫でる。好きな桜に包まれて、僕の膝の上には愛しい人。

「ね、神威…こういう感情を幸せって言うのかな」

問いかけた彼から返事はなかったけれど、それでも僕はこの感情を幸せと名付ける事にした。きっと、それで良い。




ささやかな思想なら捧げよう