とても幸せな夢を見た。

俺の周りには沢山のお菓子。苺のショートケーキ、大きな栗の乗ったモンブラン、見るからにしっとりとしたチーズケーキ、カラフルなジェリービーンズ、真っ白なホワイトチョコ、他にもお菓子が沢山。遠くまで広がる大きなテーブルにそれらは置かれていた。まるで甘党の俺に食べてくれと言わんばりに紅茶の湯気が鼻をくすぐった。当然の様に我慢出来るはずもなく。俺は一番近くにあったチョコチップが沢山入ったクッキーに手をつけると何の疑問もなく口に運んだ。




其処で好きなだけお菓子を食べ尽くして、俺は次の扉を開いた。さっき食べたシュークリームのホイップみたいに真っ白な扉。カチャン、とノブを回す音が響いて、俺は次の部屋に何の躊躇いもなく足を踏み込んだ。

「ブン太!」

其処にいたのは立海テニス部のレギュラー達で。みんなレギュラージャージを着用しており、何故かみんな笑顔だった。滅多に笑う事のない柳や真田まで気持ち悪いくらいの笑顔を見せている。

「さぁ、座って、ブン太」

幸村くんが俺をふかふかのソファーに座らせるとジャッカルが俺の目の前にガトーショコラを置いた。仁王や赤也は既に席に着いていて、幸村くんや真田達も同じ様にソファーに腰を下ろした。俺の右隣にはジャッカル。その右には柳生、仁王、赤也、柳、幸村くん、真田。

「ブン太、ハッピーバースデー!」

ジャッカルがそう叫ぶとみんなが一斉にクラッカーを鳴らした。あれ、今日って俺の誕生日だったっけ?不意にそんな事が頭を過ったけれど、みんながこうして祝ってくれる事が嬉しくて無性に照れ臭かった。カチャカチャとフォークと食器が音をたてている。このガトーショコラって凄く美味しい。そう言葉を溢すと幸村くんが綺麗に笑った。いつもの練習中に見せる裏のある笑みじゃなくて、例えるなら真っ白な感じの笑い方。

「このケーキはね、レギュラーのみんなで作ったんだよ。ブン太の為に」

俺の誕生日の為にみんながケーキを作ってくれた。こんなに嬉しい事はないだろう。ちゃんと感謝しなきゃな、と自分に言い聞かせると、この場にいるレギュラー全員の顔を見つめる。幸村くん、真田、ジャッカル、柳、仁王、柳生、赤也。
それから、――――…

「(……あ、れ?)」

何だろう、頭に靄がかかったみたいにはっきりとしないこの感じは。俺は何を忘れてる?何を思い出せない?

「ブン太?どうかしたのか?」

不意に不思議そうにジャッカルが俺の顔を覗き込んだ。仁王や赤也達も不思議そうに食べる事を止めていた俺を見つめている。

――――…誰かが、足りない?

「…な、なぁ…。ジャッカル」
「何だ?お前が菓子を目の前にして食べないなんて珍しいな」

確かに平生の俺ならお菓子に手をつけて途中で食べる事を止めるなんて有り得ないだろう。だけど今はお菓子以上に俺の頭の中にいる人物の方が遥かに気がかりだった。

「…春樹、は?」

しん、と辺りが一瞬にして静まり返った。まるで俺の言った事が何の事か解らず理解出来ないとでも言うように。

「何言ってるの、ブン太。春樹なんて人、いないよ」

そうだろう?、と幸村くんが真田や柳に同意を求めて、求められた二人は幸村くんの問いかけに頷いた。そして再び幸村くんは「ほらね。そんな人いないよ」と俺に向き合う。幸村くんと柳がそう言うのならそうなのかもしれない。だけど、今の俺にはそれがどうしても納得出来なかった。

「何言ってんだよ…春樹だぜ?いっつも柳と乱打してただろぃ」
「…俺は今まで赤也と乱打をしていたのだが」
「丸井先輩、疲れてんじゃないんスか?」

みんなが、真面目な顔で俺を心配している。まるで本当に春樹を知らないと言う様に。知っている俺だけが可笑しいと言う様に。違う、違うんだ。俺はちゃんと春樹を知っている。いつも音楽を聴きながら自転車で登校してただろ?大人っぽい見た目とは反して、ドジで、よくテニスボールを顔面に当ててはへらへらと笑っていただろ?それから、俺の大切な…

「みんな…何言ってんだよ…」
「ブン太?」
「っ、春樹だぞ!?何で忘れられんだよ!」
「どうしたんじゃブンちゃん。お前さん、可笑しいナリ」
「可笑しいのはお前等だろ!」

その言葉を春樹以外のみんなに放つと、俺は後ろも振り返らず走り出した。先程通り抜けて来た扉を再び潜り抜け、俺は春樹を捜す。目の前に存在しているお菓子に目もくれず、俺は捜し続ける。いない、いない、何処にもいない。俺の大切な…




「ブン太!?」

勢い良く飛び起きると、そのままの勢いで春樹に抱き着いた。驚愕した様な声色で彼は俺の名前を呼んだが、その言葉に声を返す事もなく俺は目の前の人を抱き締める。ぎゅう、と腕に力を込めると春樹の存在を感じた。

「…春樹、」
「ん?」
「………」

俺が彼の名前を呼ぶと、彼は言葉を返してくれる。それだけの事実がこの上なく嬉しいと感じる。俺に何かあったのだと察してくれた春樹は特に何かを尋ねるわけでもなく、俺の背中を優しく撫でてくれた。本当にこいつは優しい。

「…春樹、俺、」

春樹を抱き締めたまま、俺は口を開いた。そして先程見た気味の悪い夢を話す。俺を除く立海レギュラーが春樹だけを忘れてしまっていたという夢の話。二度とあんな夢は見たくない。何が楽しくて大切な恋人の存在が消える夢なんて見なくてはいけないのだろうか。

「俺の存在が消えるって…あははっ」
「なっ、なんで笑うんだよぃ!」

俺が夢の中での出来事を話し終えると、春樹は我慢ならないと言う様に肩を震わせて笑い始めた。急に笑われて唖然とする半分、今まで本気で悩んでいた自分を馬鹿にされた様な気がして腹が立った。

「俺は!本気で春樹が消えるかと…!」
「え!?ちょ、ブン太!?」

俺が言葉を紡いでいる間にも視界はみるみるうちに揺らいで。俺の双眼からは水滴が零れ落ちた。この感情が春樹に対する怒りから来るのか、安心から来るものなのかは解からない。

「…大丈夫だよ、ブン太。俺はちゃんと此処にいるからね」

ただ、耳元で聞こえる春樹の声に酷く安堵したのは確かだ。




酷く不幸な夢をみた。
(君のいない世界で幸せになってく夢だった)