※主人公10歳くらい
真選組は僕の家族だよ。以前近藤さんにそう伝えたら彼は嬉しそうに笑ったのを覚えている。近藤さんはお父さんみたいだね。そう言ったら近藤さんは「じゃあ春樹は俺の息子だな」と頭を優しく撫でてくれた。
「…うへへ」
怪しい笑い声を溢しながら、僕はポケットに隠していた物を取り出した。チューブ状の容器に詰められている黄色の食材(もしくは調味料)を見てにやりと笑った。
「…よしっ」
食堂に誰もいない事を確認すると僕は一目散に目的地まで走り出した。そして冷蔵庫からいつもトシ兄が愛用しているマヨネーズを取り出すと、片手に持っていたチューブからカラシを押し出してその中に勢いよく入れた。
「これでかんぺ「オイこら春樹」
背後から聞こえた低い声に身の危険を感じた。
「ぎゃァアアアアアア!」
「待ちやがれェェェ!」
どたばたと騒がしい足音をたてて僕は屯所の廊下を全速力で走る。そんな僕を般若のような顔でトシ兄が追いかけて来ていると、後ろを振り返らなくても解った。
「春樹テメーまた俺のマヨネーズに悪戯しやがったな!」
「ま、まだしてない!まだしてないもん!」
「嘘つけェェェ!マヨネーズからカラシの匂いがぷんぷんすんだよ!」
「あっザキ!ザキザキザキ!助けてェェェ!」
廊下を曲がると偶然中庭でミントンの練習をしているザキと目が合った。ザキは僕に気づいたが、僕の後ろを走っているトシ兄を見ると顔を青ざめて勢いよく僕から目を反らした。
「ザキの馬鹿ァァ!ミントンの羽むしってやるゥゥゥ!」
「え、ちょっ、それだけは止めてェェェ!」
背後からそんなザキの声を聞きながらも僕は必死に足を動かす。目指すは廊下の角を二つ曲がった先にある部屋だ。
「でりばりーへるすみィィィ!助けて匿って近藤さァァァん!」
「ちょっと春樹くんそんな言葉何処で覚えてきたのォォォ!?」
近藤さんが言葉を言い終わるよりも先に、僕は近藤さんの部屋に置いてある炬燵の中に潜り込んだ。その数秒後、トシ兄の手によって勢いよく部屋の襖が開かれる。
「近藤さん、春樹来てねェか!?」
「いや…さっき向こうに走って行ったよ」
近藤さんからその言葉を聞いたトシ兄は僕の名前を叫びながら再び廊下を走り出した。足音が遠ざかった事を耳で確認すると、僕は炬燵から顔だけを出す。
「これで良かったのかい?」
「うん、ありがとう近藤さん」
ぺこり、と炬燵に入ったまま頭を下げると近藤さんは優しく僕の頭を撫でてくれた。ちらりと近藤さんの顔を覗き見ると何やら言おうか言わないか悩んでいるみたいである。一体どうしたのだろうかと不思議に思っていると漸く近藤さんが口を開いた。
「あのー…春樹くん、さっきの言葉何処で覚えて来たの?」
「さっきの?何が?」
「いや、…だから…あの、デリバリーヘルスが何とかかんとか」
「でりばりーへるす?」
若干頬を染めて「でりばりーへるす」の単語を紡いだ近藤さんを見て鳥肌が立ったのは内緒である。
「総悟兄が『オイ土方ァァァ!部屋にデリヘル嬢呼んで乳繰り合ってんじゃねェぞォォォ!』って拡声器で叫んでたの聞いたの。んで、総悟兄に『でりへるって何?』って聞いたら『でりばりーへるす』の略だって教えてくれたよ」
「……またあの子は…」
がっくりと項垂れてしまった近藤さんを僕は瞳に映す。何やら聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。でも総悟兄は「餓鬼にはまだ早いでさァ」って詳しく教えてくれなかったんだけどなあ。そんな事を考えていると近藤さんがかっちりと僕の両肩を掴んだ。
「良いかい、春樹くん」
「?」
「絶対に外でそんな言葉使っちゃいけないからね。解った?」
真剣なような焦ったような表情を浮かべている近藤さんに僕はただ頷く事しか出来なかった。僕が頷くのを見た近藤さんは僕の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すように撫でてくれる。その感触が酷く心地よくて僕は目を閉じた。
「近藤さん、今回の事件の書類なんだが…って春樹!」
「しー…トシ、寝てるんだから静かにしてやれ」
土方の目には炬燵に潜り込みながらも近藤の膝に頭をのせて気持ち良さそうに眠っている春樹の姿と、その少年の頭を優しく撫でている局長の姿が映っていた。まるで本当の親子のようだ、と土方が思ったのは彼だけの内緒である。
御伽にもならぬ