俺を必要としてくれたのはあの人だけ。俺の名前を最初に呼んでくれるのはあの方だった。俺を見てくれたのは高杉さんだけだった。高杉さんの為なら俺は何だって出来る。あの人に拾われた時からその決心は何一つ変わっていない。




「春樹」

ゆっくりと高杉さんが俺の名前を口にする。それだけの事実が俺の心を簡単に満たす。我ながら困ったものだと内心苦笑を漏らした。高杉さんは俺の全てだ。世界の中心と表現してもいい。こんな事を本人に告げると気持ち悪いと斬り殺されてしまいそうなのだが。

「はい」

俺の名を紡いだ高杉さんの声に俺は一言だけ呟く。俺の目の前で妖しく笑う彼は俺の心情なんて一抹も知りはしないのだろう。俺が尊敬の念と共に恋慕の念を彼に抱いているなんて。だけどこの感情は彼に知られるべきではないのだと自分でもちゃんと理解しているつもりだ。

「幕府の狗を始末したらしいな」

あぁ、あの時の…と俺は言葉を溢した。先日万斉さんと歌舞伎町をぶらついていた時に真選組に職務質問とやらをされたのだ。万斉さんは表の「つんぽ」としてそれに応じていたが、俺は終始無口だった。それを変だと思われてしまったらしく幕府の狗に目をつけられてしまったのだ。表の顔として行動していた万斉さんの顔に泥を塗るわけにもいかず。攘夷浪士と偽ってつんぽを人質に取り、結果として幕府の狗五人を始末したのだった。

「…すみません、勝手な事しちゃって」

先程まで高杉さんを見ていたが、目線を床に伏せる。やはり勝手な行動は慎むべきだったのだろうか。もし今回の俺の行動で結果的に高杉さんの計画を妨げるような事になってしまったらどうしよう、と俺は大きな不安に苛まれた。

「別に怒ってねェよ」

その言葉に勢い良く顔を上げると、紫煙を口から吐き出している高杉さんと目が合った。その表情からは彼の言葉通りに怒りの感情を伺う事は出来なかった。どうやら本当に怒ってはいないみたいである。

「…良くやった」
「……へ?」

眼前に立っている高杉さんの口から発せられた言葉に俺は自分の耳を疑った。俺の聞き間違いでなければ、高杉さんは「良くやった」と言ったらしい。いや、もしかしたら本当に聞き間違いなのかもしれない。彼が俺を褒めるなんて夢のようだった。それくらいに、彼から褒められるという事は俺にとって最大の褒美だと言っても過言ではなかったのだ。

「わぁっ…!」

ぐしゃぐしゃと高杉さんの左手が俺の頭を掻き回す。頭を撫でられるという初めての感覚になんだかとても目の内が熱くなった。彼の手つきは酷く不器用で乱暴だったけれど、俺にはそれだけで充分だった。

「テメェには期待してんだ。しっかりやれ」
「は、はい!!」

初めて俺を認めてくれたこの人に一生着いて行くんだと強く決めた。この人の為なら何人でも幕府の狗を始末してみせる。この人の計画の生け贄にすらなってみせる。この人の為ならば、この命、惜しくはなかった。




贄となりて愛す