※吸血鬼パロ


最初、彼を初めて目にした時は大いに驚いたものだった。銀色の毛髪は今まで見た事はなく、唇からちらちらと覗く鋭い犬歯はヒトの物ではないと瞬時に理解した。それでも、彼をから目を離す事が僕には出来なかったのだ。




「銀、今日もご飯食べないの?」
「…ん」
「そうやって布団に潜ってるばっかりだったら健康に悪いよ」
「…吸血鬼に健康も糞もねェだろ」

その言葉を呟くと、銀時は更に深く布団に潜り込んでしまった。彼が午前中に布団から出て来ない事は今に始まった事ではない。銀時が家に居候する様になってから今までずっとだ。どうやら彼は太陽の光や明るい場所が極端に嫌いらしい。

「ねぇ、銀。僕買い物に行って来るからね。誰か来ても鍵開けちゃ駄目だからね。それから…」
「五月蠅ェよオイ、お前は俺の母ちゃんか」

早く行って来い、と布団から右手だけを出して僕を追い払う様に銀時が手を軽く振る。この様な彼の素気ないふるまいにも馴れてしまった。それ程に僕等は月日を共に過ごしてきたのだ。数えるならば、今月で丁度四ヶ月が経とうとしている。

「じゃあ、行ってきます」
「…おー」

寝室から銀時の声が聞こえた事を確認すると、僕は玄関戸に鍵を掛けた。二三度、ノブを回して戸締りが出来ている事を確かめる。今日は銀時の好きないちご牛乳を買って帰ろう、と意気込むと僕は商店街の方向へと歩き出した。

「今日の晩御飯は何にしようかなあ」

そんな言葉を口ずさみながら僕は歩く。最近の銀時は何処か元気がない。吸血鬼である彼の生態は解からない事が多いが、人間の僕から見ても彼が一日毎に衰弱している事は明らかだった。ここ半月はご飯さえも口にしなくなっているのだ。理由を聞いても何も教えてくれない。人間には解らないから、と話を切り上げられるばかりである。

「…何か消化の良い物にしようかな。最近の銀は何も食べてないから、胃が弱ってると思うし…」

医者に診せようと思っても彼は頑なに拒むのである。確かに吸血鬼が人間に診察してもらうなんて事は彼のプライドが許さないのかもしれないが、僕は次第に衰弱していく彼を黙って見ていられる様な人間でもなかった。




「ただいまー。……銀?」

外出する前は閉まっていたはずの寝室のドアが開いていた。銀時は開け放たれたドアや窓が嫌いである。なんでも、朝の匂いや風の流れが気に入らないらしい。なんて吸血鬼らしい理由なんだと納得したのを覚えている。それを考えれば、現在の状況は些か異常だった。

「銀、いないの?」

一応声をかけてみるが、返事はない。寝室を覗いてみたが銀時の姿はなかった。両手に抱えていた買い物袋を玄関に置くと、僕は廊下を進む。

「銀、そんな所にいたの?」
「…」

台所の床に座り込んでいる銀時に声をかけてみたものの、彼から返答はない。どこか具合でも悪いのだろうか、と不安に思いつつ僕は彼へと歩み寄る。日が落ちてしまった所為だろうか。家の中は薄暗くて、銀時の顔がよく見えない。

「ぎんと、」
「来るな」

僕と彼との距離が残り数メートルに縮んだ所で、銀時は低く唸る様に声を発した。平生の彼の声とは明らかに違っていて、何かに堪えている様に銀髪の吸血鬼は苦しそうだった。来るな、と言われても彼を放っておけるはずもなく。僕は更に銀時へ近づいた。

「銀、どうしたの?しんどいの?」
「、本当に…寄るなって…我慢出来なくなっちまう…」

何が、と僕が彼に聞き返すよりも早く、銀時の鋭い犬歯が僕の首筋に触れた。

「ぎ、」

銀時、と彼の名前を呼ぶ事は叶わなかった。針を刺すような痛みが首筋に広がって、急に意識が遠退いていく感覚に襲われる。ごめん、と彼が呟いた様な気がした。ああ、今までずっと銀時は我慢してくれてたんだね。僕はずっと吸血鬼の主食を忘れていたのだ。本当に、銀時は優しくて愛しい吸血鬼だ。このまま僕は死ぬのだろうか。銀時の餌として死ぬのなら、それでも良い気がした。




祈る羊は神にはなれぬ