「…うぇ、…酔った…」
バスと電車に揺られて一時間と三十分。やっと今回の合宿地である少し大きな旅館にやって来た。乗り物が大嫌いな俺にとってはこの一時間と三十分が苦痛で仕方なかったのだが、そんな文句を言っても何も変わらない事くらいちゃんと解っている。
「春樹先輩、食べますか?」
「いや、遠慮しとく…今何か食ったら吐きそうだし…」
赤也が新作のポッキーを差し出して尋ねたけれど、今は食べ物を見るだけで胃の中がぐるぐるして気持ち悪い。どうやら出発前に飲んだ酔い止めの薬は効かなかったようだ。足の裏が地面についていないような感覚が不快感をより一層煽ってイライラする。下車してゆっくりと歩く事ですら苦痛だ。どうして俺はこんなにも乗り物酔いしやすい体質なんだろうか。
そんな事を考えながら歩くこと十分。漸く今回の目的の合宿地である旅館に到着した。建設されて何十年と経つらしいが見た目は綺麗でつい最近に建てられたような雰囲気を漂わせている。
「俺は春樹と同じ部屋だな」
部屋割りを見て俺と同じ部屋である事を確認したらしいジャッカルが部屋の場所を教えてくれた。俺が乗り物酔いで苦しんでいるからこその配慮だろう。荷物まで持ってくれるなんて、ジャッカルは良いヤツだ。
「今日は遅いから練習はなしだってさ…って、大丈夫かよ?」
「んー…大丈夫…」
蓮二から聞いた連絡事項を俺に伝えた同室のジャッカルが心配そうに尋ねた。大丈夫だとは返しても未だに乗り物酔いの感覚が抜けなくて困っている。話は打って変わるが、どうやら旅館自慢の露天風呂や温泉は深夜でも入れるらしい。ならば風呂なら後で入ればいいだろう。ジャッカルに「後で風呂入るから」と一言告げると先に布団に入って無理矢理夢の中に入り込む事にした。
目が覚めたら既に時計の針が深夜の一時を告げていた。真っ暗の部屋の中からは俺以外の人の気配がなくて。ジャッカルの存在を探しつつもテーブルの上に置かれた一枚のメモ用紙を発見した。
《赤也達に呼ばれたのでトランプをしに行ってきます。もしかしたら赤也の部屋で寝ちまうかも》
寝ちまうかも、って書かれているが恐らくジャッカルは赤也の部屋で眠ってしまっているだろう。だって今の時刻は深夜の一時なのだからそう考えざるを得ない。
「…眠たい」
そういえば風呂入ってなかったな、なんて考えながら欠伸を一つ溢すと、洗面用具を持って旅館自慢の露天風呂と温泉へと向かう事にした。今の時間帯なら誰もいないだろう。
誰もいないだろう、なんて考えていた俺が馬鹿だった。眠たくて無意識に閉じる瞼を開きながらジャージを脱いで温泉への扉を開くと、其処にいたのは恋人である雅治で。先程まで頭の大部分を占めていた睡魔なんかが一瞬で吹き飛んだ。
「……なんでいんの?」
「……それはこっちの台詞ナリ」
徐々に俺と雅治の間に気まずい雰囲気が漂い始める。温泉内部にいるのでお互い裸だし、髪を洗った直後なのかは解らないけど雅治の髪は少しだけペタッとしていて可愛い。というか、色っぽい。
「とりあえず…おじゃまします」
立ったままの体勢も気まずかったので仕方なく湯船に入ったが、隣には雅治がいるせいで無性にドキドキする。いやいや、落ち着け。こんな所で見境なく襲ったら駄目だろ自分。
「春樹がエロい事を考えとる確率98%ってところかのう」
まるで俺の心中を見透かされたように雅治が言葉を紡ぐから、別の意味で心拍数が上がった。大好きな人と二人きりになってそういう事を考えない方が異常だと思う。ちらり、と横目で隣にいる雅治を盗み見れば余計に心臓が高鳴ったような気がした。お湯に浸かっているせいでほんのりと赤く染まった頬、水の滴る銀髪、薄く開いた唇、そして何より隣にいる雅治は服を着ていない。いや、風呂に入るのに服を着る必要性はないのだが。
「…やっぱ無理」
何が、と聞き返そうとした雅治の首筋に静かにそっと歯を立てた。驚いて身を捩った雅治の体を無理矢理浴槽に押し付けると動きを封じる。
「こんなとこで…ん、…やめんしゃい…」
嫌だと訴えるように雅治が弱々しく首を左右に振るがそんなのはお構い無しだ。舌を雅治の首筋に這わせつつ段々と下に向かって動かせば、雅治はもどかしそうに腰を捩った。
「っ…、んん…ん、ぁ」
やめろ、と口では言いつつも雅治の身体は素直な様子で。小さく腰が揺れているのが解る。そんな雅治の痴態に笑みを溢すと唇を雅治のに重ね合わせた。
「…雅治、あんまり声出すなよ?」
ばれちゃうぞ、とおどけながら笑って言うと真っ赤な顔をした雅治から鋭い視線で睨まれた。そんな彼に構う事なく、俺は雅治の中心に触れた。
「っ、ひぅ…」
「……雅治、えっろ」
俺の口から思わず溢れた言葉は小さく反響して消えた。
一周と半分
(その翌日。目覚めたジャッカルが部屋に戻ると同じ布団で眠っている春樹と仁王を目にする事になる。そして空気を読んで彼が赤也達の部屋に戻ったのは別の話)