たぶん、俺は彼の頬の細胞なんだと思う。見えるのは少し高い位置からの景色で、時折上の方に銀色の髪が見えるから。スプーンに乗ったパフェが近づいて来てはスプーンだけが離れる。どうやら現在この男はパフェを口にしているらしい。幸せそうに頬の筋肉が緩んでいるのが細胞の俺でさえ感じとれた。そして目の前の新八という少年は困り果てている。

「ちょっと銀さん。そんなに甘いもの食べてたら、また血糖値上がっちゃいますよ?」
「いーのいーの。俺ァ糖分がないと生きていけないの」

まったく、だらしのない男である。彼よりも幾分か年下の少年に健康を心配されるとは何事だ、と憤ってみるも変化はない。そういえばこの男。先日病院に行ったのだが、医師から糖分摂取を控えてくださいと言われたのを忘れているのだろうか。まったく、本にだらしのない男である。

「久しぶりに依頼が来たんだ。テメーらも好きなもん頼め頼め!」
「ほんとアルか!?じゃあ、私、カツ丼と親子丼と海鮮丼と玉子丼と牛丼が食べたいネ!」
「おう、頼め頼め…って神楽ちゃんんんん!?そんなに頼んだらお金なくなっちゃうから考え「すみませーん!注文ネ!」

ぎゃあああああ、と頭を抱える男に心底同情した。現在目の前にいる少女、神楽という名前らしいが、この子女がよく食べるのだ。今朝も炊飯器ごと白米を口に掻き込む彼女を見て、男はひたすら頭を悩ませていたのを思い出す。

「……今月も家賃払えねーや」

ぽつり、と呟いた男の声は神楽には届いていなかったらしく、眼前の少女は嬉しそうに注文した料理が来るのを嬉しそうに待っている。この男、家賃が三カ月も滞納しているらしい。一週間前に家主から家賃滞納を叱られていた事は忘れていないらしいが、この状況ではその滞納分の家賃を返す事はままならないだろう。この男の境遇が哀れである。




皮膚の細部とは、真皮組織から体細胞分裂により発生した細胞が表面に押し上げられたものである。皮膚の細胞は日々生まれ変わるのであり、俺もその皮膚細胞の一部である。新しい細胞が出来ると今までの古い細胞は用無しになってしまう。つまり一般的に言われている垢となって人間から剥がれ落ちるのである。最近では俺もその時期が近くなってしまったらしい。

「銀ちゃん、定春の散歩に行って来るネ!」
「おー」

定春とは、彼らが飼っている犬の名前である。真っ白な毛並みは普通の犬とは変わらないが、問題はその大きさである。人の平均身長を優に超える彼の大きさは最早異常である。あ、この男、鼻糞を穿ってやがる。この様な行動を男は度々する。世間では汚いと言われている行動をする男は他人には流されない。何も考えていないように見えて、実はきちんと物事を考えているのだ。…何も考えていない事の方が多い気もするが。

「あー…いちご牛乳が飲みてーなァ」

…昨日、あれ程まで医師に叱られた事をこの男は忘れているのだろうか。これ以上糖分を摂取すると糖尿病になってしまうと散々言われているのに。最早この男、糖尿病予備軍なのである。

「…買いに行くか」

ソファーからゆっくりと身体を起こすと、男は手にしていたジャンプを机の上に置いた。手持ちの小銭を数えると普段の死んだ魚の様な瞳で万事屋から出て行った。一度彼が外へ出ると、男に声をかける者は沢山いる。その何れも男の過去の依頼人であり、男に助けられてた人が殆んどである。俺の知らない関係もあるのだろう。そして、これからは俺の知らない関係が増えていくのだろう。

「あれ?銀さんじゃないの」
「…なんだ長谷川さん、アンタか」

男が呼び止められて振り返った拍子に、俺はついにこの男の細胞ではなくなった。ふ、と風に浚われて男の頬から離れた。そんな事を男が気に留めるはずもなく。男は長谷川さんという名前の男の元へ足を進める。そうして、この男の細胞である俺は死んだ。…悪くない一生だった。




「って夢を見たんだよ、銀時」
「何その夢!?どんだけ春樹くん銀さんのことが好きなの!?銀さん照れちゃ…」
「新八ィ、今日の朝御飯なーに?」
「ちょっと春樹くん無視しないで頼むからァァァァ!!」




多分私はお前の細胞