俺の目の前には屈み込んでいる春樹の姿。いつもは逞しくて大きく見える背中だけれど、今は何処か頼りなくて小さく見えるのは気のせいなのだろうか。

今日は日曜日。部活は午後練で、今は休憩時間中の校舎裏。他に今の状況を説明するのなら、先程から雷が遠くで小さく鳴り響いているくらいだ。多少雷が鳴ったくらいでは部活が中止になるわけもない。

「えーっと…春樹…?」

このまま声もかけないのは如何なものかと思い、意を決して屈み込んでいる春樹に声をかけた。未だに遠くの方角では雷の音が響いている。停電とかなったら嫌やな、なんて思った。

「…け、謙也…」

俺の声に反応して春樹が振り返った。そして、俺は驚愕。いつもの強い芯の通った瞳は頼りなく涙が溜まってて、俺の名前を呼んだ声は弱々しく震えている。いつもの格好ええ春樹が小さい子みたいに変わっていた。

「え…春樹、どないし――…う、わ!」

どないしたん?、と俺が尋ねるよりも先に春樹が勢いよく俺に抱き着いた。殆んど体格の変わらない春樹に突然抱き着かれて体がよろめいたけれど、何とか踏ん張る。

「っ…け、謙也…嫌やぁ…」

ぐずぐずと鼻を鳴らして春樹が俺を強く抱き締める。一方の俺は、春樹は何が嫌で、一体何がどうなっているのか全く解らない上に見当もつかない。とにかく春樹を落ち着かせようと背中を擦る事しか出来ない。

「春樹、ゆっくりでえぇから…どないしたん?」

そっと春樹の顔を覗き込んで尋ねてやる。いつもの春樹からは想像もつかないくらい今の春樹は弱々しくて。柄にもなく「キュンッ」って心臓がなった。

「…あ、あんな、俺――…ひっ!!」

春樹が何か言葉を紡ごうとして、一際大きな雷が薄暗い空に鳴り響く。それと同時に春樹は引き吊ったような声を上げた。もしかすると、いや、絶対にアレや。

「春樹、もしかして雷が…」
「っ…怖い、ねん…!」

堪忍したような諦めたような表情と声で春樹が俺に小さく叫んだ。ゴロゴロと低く唸っている雷の音を聞かないようにと春樹が耳を塞いでいるが、何ちゅーか…可愛い。

「っ…幻滅、したやろ…中三になっても、雷怖いとか…」
「なっ、そんな事あらへん!」

吐き捨てるみたいに春樹が言葉を紡いだので慌てて否定する。誰にでも怖い物はあるっちゅー話や!雷が怖いなんてまだ可愛い部類やんか。俺の従兄弟の侑士と比べたら全然余裕や!あいつ毛虫怖いとかどんだけやっちゅー話や!

俺の背中に腕を回してぎゅうぎゅうと強く抱き締める春樹は普段は見れんような表情で。いつもだったら散々俺をからかったり、意地悪したり、強引にキ、キキキキス、するくせに今は正反対で。

「(なんちゅーか…うん、可愛えぇ…)」

普段とは180度変わった春樹の頭を優しく撫でつつそんな事を考えていた。大人っぽくて他人に流されなくて穏やかに笑うあの春樹がこんなに怯えているなんて初めてで。また心臓がどきどきした。

「も、嫌や…!…雷のど阿呆、ちんちくりん…はげ…!」

雷が光って鳴り響く度に暴言を吐き出す春樹に苦笑を溢しつつも、春樹を抱き締め返した。いつも春樹がしてくれるみたいに。優しく、そっと。

「大丈夫、怖くあらへんよ。雷鳴り止むまで春樹の隣におるさかい」

そしていつも春樹がしてくれるように優しく春樹の瞼に唇を触れさせた。たまにはこういうのもえぇかな。春樹に頼られるのも悪くはない。




鼓動が求める正しい揺らぎ
(少しだけ雷が好きになった忍足謙也の話)