「雅治の髪って地毛なの?」

俺の突然の問いかけに張本人の雅治は一瞬だけ豆鉄砲を食らった鳩のように驚いて、ふっと意地の悪い微笑みを溢した。春の柔らかい風にサラサラと銀髪が靡いている。

「プリッ」

俺の問いかけに肯定する訳でもなく、否定する訳でもなく、雅治はいつものように笑みを漏らして一言だけ答えた。いつもの言葉に諦めと呆れを含めた溜め息を吐く。雅治の「プリッ」とか「ピヨ」は肯定も否定もしない言葉だから、詐欺師と謳われる雅治には最も便利な言葉だとは思う。けれど、こういう時みたいに質問した俺にとっては不便だと思う。結局はどちらの答えか解らないからだ。

「俺の髪は真っ黒だから羨ましい」

するり、と無駄のない動きで雅治の銀髪に手を伸ばすと銀髪によく映える赤い髪留めをほどく。春特有の柔らかい風に雅治の銀髪が舞って綺麗だ。いつもは束ねられている銀髪は髪留めを失ってさらさらと風に浚われる。雅治の髪は銀髪で見た目は勿論綺麗だけど、触り心地も決して申し分ない。

「髪を弄られるのは嫌いなんじゃが…」

ぼそりと呟かれた雅治の言葉は俺の耳に届いたけれど、俺は気にする事なく雅治の銀髪に指を絡める。俺達のいる屋上にはグラウンドのから聞こえる沢山の生徒の声が響いていた。

「…髪、俺に触られるの、嫌?」
「いや、春樹ならえぇよ」

そう呟いた雅治の表情は何処までも穏やかで心地よさそうだった。そう、と短く小さな言葉を返すと雅治の腰を引き寄せて抱き締める。突然の出来事にバランスを崩した雅治が俺に寄りかかるような体勢になってしまったけど、それはそれでいいだろう。

「ねぇ、地毛なの?」

雅治を抱き締めたまま俺は再び先程と同じように問いかける。そうすれば先程と全く同じような言葉を雅治は紡いだ。

「ピヨ」

又もや肯定とも否定とも受け取れる言葉を雅治に返されて、俺は何だか悔しかった。会話一つにしても、雅治は俺より一枚上手だ。そんな事実が何より悔しい。好きな人より一枚上手になりたいと思う俺は普通じゃないのだろうか。

「…ほんと、悔しい」
「春樹?」

ぽつり、と本音を呟いてしまった。不本意ながらも紡いでしまった言葉をかき消すように雅治にそっと口づける。この悔しさを紛らわせるようにして。いつかは俺が雅治よりも一枚上手になれるように、と。そんな俺の下らない決意と意味のないプライドが嫌いだ。




リベラリズム交響曲
(何の拘束もない世界)