ごうごうと青空を横切る戦闘機の飛行音が五月蝿い。俺の上にある空には戦闘機や偵察機が絶え間なく飛び続けている。ほんの2年前は穏やかで静かな空だったのに、今ではその面影すらない。


今から2年前の11月4日。
世界は真っ二つに裂けた。文字通りに地球が二つに分断されたわけではなく、地球の西側と東側とで戦争が起こった。戦争勃発の原因は一般市民には教えられる事なく淡々と戦争は続いている。西側の人々は東側を滅ぼそうと、東側の人々は西側を滅ぼそうと躍起になっていた。

現在、戦争開始から2年経った今でも戦争は終わらず、日々犠牲者と戦争の酷さは増すばかりだ。俺の暮らしている日本だって例外ではない。


パン────────
ガガッ──ガ────
「──いた───か」


俺が今いる場所から少し離れた場所で発砲音と爆発音、それから西側の兵士の声が聞こえる。どうやら此処も終わりみたいだ。

足元に広げていた自分の荷物を急いで纏め始める。それから雅治の荷物も。近辺に少しでも食料がないか確かめてくる、と雅治が言い出して半時間が経った。



俺も雅治も家族と離れ離れになってしまった者同士だ。家族が生きているのか、既に亡くなっているのかさえ解らない。約半年前、俺が一人でさ迷っている時に雅治を見つけた。

彼は数日間何も口にしていない様子で、既に廃墟となった市街地でぼうっと空を眺めていた。そんな場所に立ち尽くしていたら何時西側の兵士に見つかるか解らないのに。空を見上げる彼を俺は見て、彼は生きる気力を失ったのだと気づいた。

雅治が何を見たのかは知らない。家族の死なのか、友人の死なのか、はたまた他人の死なのかは解らない。だけど俺は彼を死なせたくなかった。だから、あの日、俺は。


「食べろ」
「、春樹…?」
「ほら、」
「…欲しくない、ぜよ」
「雅治は死にてぇのか?」
「…そう、かも知れんのぅ」
「生きたいと思わねぇの、雅治は」
「……みんな死んだ」
「…」
「ブンちゃんも、柳生も幸村も…!」
「…見たのか」
「いずれはみんな死ぬんじゃ!だったら俺は「雅治!」
「っ…春樹…」
「俺は絶対に死なないって約束してやる。だから、雅治も俺と一緒に生きろ。死ぬ事は俺が許さない」
「……はっ、…『許さない』なんて何様のつもりじゃ」
「俺は俺だ。川瀬春樹以外の何者でもない」
「…変わっちょらんの、お前さん」
「雅治も変わってねぇよ。変わったのはこの世界だ」
「…」
「行こうぜ、雅治。お前となら俺は、」



「…俺は死ねない」

ぐっ、と自分と雅治の荷物を担ぐと西側の兵士に見つからないように走り出した。こういう時の為に雅治との合流ポイントは決めてある。

2年前までは立海があった場所。今では既に戦火に巻き込まれて建物は倒壊寸前で。今にも倒壊しそうな建物を使おうとは西側の兵士は思わなかったらしい。そこが俺と雅治の集合場所だ。

廃墟となった市街地を西側の兵士に見つからないよう細心の注意を払って進む。ここで見つかったのなら俺は即座に殺されるだろう。だって俺は東側の人間なのだから。雅治もまた然り。

「春樹…!?」
「っ!雅治!」

跡形もなく爆薬によって破壊された市役所の影から現れたのは銀髪の青年で俺が捜していた人間だった。雅治の体をさっと見たがどうやら怪我はしていないようだった。

「…敵じゃなくて良かったぜよ」
「あぁ…」

本当に俺も心底からそう思った。もし鉢合わせした人間が雅治ではなくて西側の兵士だったら、と考えるだけで恐ろしい。そんな最悪の考えを頭から追い払って俺と雅治は立海があった場所へと走り続ける。

「東側の戦闘部隊だ!!」

しまった、と俺は言葉を溢した。先程の最悪な想像と同じくらい最悪な事になってしまった。まさか西側の兵士と東側(つまりは俺達の味方)の戦闘部隊との戦いに巻き込まれるなんて。

「雅治!伏せろっ!」

先程の西側の兵士の叫び声を開戦の合図として西側と東側の戦いが始まった。規模は小さいものの、銃や爆発物を用いての争いに巻き込まれるなんて初めての経験だった。腹這いになった俺と雅治の頭上を幾多もの弾丸が交差する。

こうなっては移動も何もない。最優先事項はこの場から一刻も早く脱退する事だ。雅治に目で合図を送れば、彼も同じ事を考えていた様子らしかった。


「春樹!!」


一瞬何が起こったのか俺には解らなかった。ただ俺の至近距離に黒い物体が落ちて来て、それを見た途端に雅治は俺を強く抱き締めた。どうして、なんて考える隙さえなく、俺達は爆風に巻き込まれた。




赤、朱、緋、アカイロ。周りに広がるのは俺の血ではない。だって俺は多少の掠り傷を負っただけなのだから。だとすれば、この広がる血液は────。

「…っ、…まさ、はる…?」

待って、なんで、どうして。どうして雅治が倒れているか、先程の黒い物体は何だったのか、どうして雅治はぴくりとも動かないのか。最悪の事態が俺の脳内を横切った。じわり、じわりと雅治の体から広がる赤色。

「あ、あぁ…うぁあぁぁああああぁ!!」

俺の叫び声は西側と東側の銃声と爆音にかき消された。最期に雅治が「愛してる」と俺に言った微かな声さえも。それでも俺は叫び続ける。起きて、起きて、と何度でも雅治の名前を。




叫んでも起きないの
(現実を認めたくないだけ)
(ねぇ、どうして起きないの?)