どうして都心に近くなればなるほど人が多いのだろうか。答えは簡単な事なのにそう考えてしまう俺がいる。只今、川瀬春樹は恋人の芥川慈朗君と買い出し中です。


「……気持ち悪い」
「人酔い?」
「解んないけど…たぶん」

休憩する?、と気にかけてくれた慈朗の言葉に首を横に振ると視線を前に戻した。早く終わらせて帰らないと慈朗を連れ出した事が跡部にバレてしまうから。

事のきっかけは本当に些細で小さな事だった。いつものように慈朗は今日の青学との練習試合でも眠たそうにしてて、ほんの冗談で試合に勝ったら一緒に買い出し行こうと約束してしまった。

その一言で目が覚めたらしい慈朗は見事に乾君に勝って、今に至る。ちなみに跡部には慈朗を連れて買い出しに行く事は勿論秘密だ。もしもバレたら跡部のお怒りが恐ろしい。多分当分はトイレ掃除だろうな、と頭の片隅でぼんやりと考えた。

だけど後悔していると言えば嘘になる。どんな形でさえ、恋人の慈朗と一緒にいれるのだ。それだけで嬉しいけど、この人の多さには多少落胆してしまう。せっかくなら慈朗と二人きりがよかったな。

「あ…信号かかっちゃった」

俺達が渡ろうとした信号の標記は通行禁止の赤に変化してしまった。仕方なく俺と慈朗は足を止める。周りには人、人、人。東京なんだから人が多いのは仕方ないんだけど、今の俺には多少厳しい。

「え、慈朗?」

するりと俺の右手に絡まった慈朗の左手。それは俺の手よりもひんやりと冷たくて気持ちがいい。その感触に心地よさを感じながらもやはり戸惑ってしまう。俺達はこんな人気の多い場所で手なんて繋いではいけないのに。

「誰も俺達の手なんて見てないCー」

にこにこと嬉しそうに笑う慈朗。まぁ、確かに俺達の手をじっと見ている人なんていないだろうけど。それでもこんな場所で手を繋ぐという行為に心臓がドキドキするのは事実だ。

きゅっと慈朗の手を握り返せば、慈朗も握り返してくれた。心臓がキューってなってどうしようもなく慈朗が好きって気持ちが溢れてくる。あ、キスしたいかも。

信号が赤から青に変わって人々が一斉に歩き出す。その流れに逆らう事なく俺達も足を進めた。手は繋いだままで。適当な裏路地にでも入って慈朗にキスしよう、なんて事を考えながら俺は慈朗と繋いだ手に優しく力を込めた。




信号待ちでの幸せ出来事
(たまにはこんな人混みも)
(長い信号待ちも悪くない)
(裏路地に入って直ぐに慈朗の唇を奪った)