「がっくんー!!」
「ギャアアァアー!来んなー!!」

氷帝の毎日は俺と岳人の愛の鬼ごっこから始まります。ごめんなさい、嘘です。実際には俺が一方的に岳人を追いかけているだけなんです。

「侑士!侑士!助けて!」
「…堪忍なぁ、岳人」
「クソクソ侑士!」

ダブルスパートナーの忍足にも見放された岳人はスピードを上げて俺から逃げる。そんな岳人を俺は追いかけた。こんなやり取りを何回しただろうか。恐らく一週間は続いている。


「行き止まりだね、がっくん」

ラッキー、と内心で千石の真似をしつつも笑みを浮かべた。現在地は誰もいない屋上。いつもは逃げられたけれど、どうやら今回の神は俺の味方のようだ。

「な、何で追いかけて来んだよ…!」

階段に続く屋上への出入口は俺の背後にある為に岳人はそう簡単に逃げられない。少しだけ動揺しながらも岳人は声を荒げた。

「何でって…知りたい?」

ゆっくりと一歩ずつ岳人に歩み寄る。笑みを表情に浮かべつつも岳人に足を進める俺を見て、岳人はたじろぎ俺から逃げようと一歩ずつ後ろに下がる。

「…逃がさねぇよ」

ガシャン、とフェンスに岳人の背中と俺の両手が接触した音が誰もいない屋上に響いた。俺の左腕と右腕の間にいるのは困惑の表情を浮かべた岳人で。俺と岳人の鼻先と鼻先が触れ合いそうな距離。

「な、なな…な、に…して」

至近距離で交わる俺の視線に耐えきれなくなったらしい岳人はぎゅっと瞳を閉じた。羞恥が原因なのかは解らないが岳人の顔は赤く染まっていて可愛い。

「ねぇ…知りたい?」

耳元に口を寄せて低く囁いてやれば岳人は大きく体を震わせた。ふるふる、と頭を左右に力なく振る姿は可愛い以外の何者でもない。漸く巡って来たこのチャンスを逃すものか、と俺はフェンスを掴んでいた手に力を込めた。

「知りたいんだろ?…何で俺が岳人を追い回すのか」

毎朝のように岳人を追い回す俺。流石に(跡部の雷が落ちるので)部活中はそんな事をしないが、部活が終了したと同時に再び追いかける。休憩時間はクラスが違うので岳人の元に行く事は出来ないが、放課後が始まると俺の足は岳人に向かうのである。

今までの俺の行動を改めて思い出すと、あからさまに可笑しな変質者だろう。何と言っても男である同性の岳人を男の俺が毎回追い回しているのだから。

例え周りの人間から変質者と認識されようが変態だと思われようが、俺は別に気にも留めなかった。だって岳人は鈍いから。正面からちゃんと言わないと解らないだろうから。

「ねぇ、岳人…目、開けて」

未だに固く閉じられたままの岳人の瞼にそっと触れた。そうすればゆっくりと開く瞼から覗く岳人の瞳に俺が写っている事が解る。相変わらず岳人の顔は真っ赤で。

「理由なんだけど、」

柄にもなく俺まで緊張してきてしまったらしい。顔に熱が集まるのが自分でもはっきりと解る。岳人の瞳に写る俺の顔に朱が差しているのが見えた。

「…岳人が、好きだから、だよ」

やっとの思いでこの一言を口から発すると全身から力が抜けた。所詮俺も人の子だったようで。好きな人に告白して平気なはずもなく、ズルズルとその場に座り込んだ。

「え、ちょっ、川瀬…!?」

突然座り込んでしまった俺の名前を岳人が慌てたように呼んだ。あー、もう。どうして最後の最後まで格好つかないのだろうか。自己嫌悪に陥りながらも、心配してくれているらしい岳人にぎこちなく微笑んだ。

「…返事、今度でいいから」

じゃあね、と告げて立ち上がると岳人に背を向けて屋上から立ち去ろうとしたのに、何かに阻まれた。背中に小さな衝撃と腹に回された腕。この場にいるのは俺と岳人だけで。そうすると、回された腕は岳人の腕で。

「が…く、と…?」
「…クソクソ川瀬」

背中から聞こえて来た小さな声は紛れもなく岳人の声で。腹に回された腕に少しだけ力が込められたのを感じた。突然の出来事に俺の頭は何も考える事が出来ない。

「…今まで散々追いかけといて…言いたい事、言ったらそれで終わりかよ…」

静かな屋上に岳人の紡ぐ言葉が小さく響き渡る。屋上は誰もいなくて静かなのに、俺の心臓は有り得ない程に鳴り響いて。

「俺だって…好、き…なんだから、な」

その言葉を聞いた途端に何かが俺の中で弾けたような音が響いて。岳人の腹に回された腕をゆっくりと外すと少しだけ腰を屈めて岳人の唇に自分のを重ねた。重ねるだけのキスだったけれど、岳人も俺の首におずおずと腕を回してくれて。両想いなんだ、と実感が湧いた。




似た者同士の長いキス
(素直に話せなかった鈍い俺と)
(素直になれなかった岳人)
(結局は素直になれない者同士)