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「#幼馴染」のBL小説を読む
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※狂愛


世界が俺に対してのみ特別に非常なわけがない。誰にでも辛苦はあるし、幸福だってある。所詮世界が敵に見えるなんて身勝手な被害妄想でしかない。そんな事は理解している、ちゃんと解っているのに。



漸く一日が終わって家に帰って来ると真っ先に俺が向かうのは自分の部屋だ。ドアに設置されている鍵を開けて室内に入れば、カーテンを締め切っている為に薄暗い光景が目に入る。

一見どの部屋にもあるような普通の家具等が置いてあるが、その中でも不自然に目を惹くのは部屋の隅にあるベッドに頑丈に巻き付けられた太い鎖だ。そしてそれがベッドと向日岳人とを繋いでいる。

ぐるり、と見渡してもこの部屋に岳人はいない。あるのは鎖だけだが、その鎖が岳人の居場所を明らかにしていた。ベッドに結ばれた鎖の先端はクローゼットの中に入り込んでいる。

音を立てないようにクローゼットに忍び寄る。そしてその扉を勢いよく開くと、鎖に繋がれて尚且つ猿轡を噛まされた岳人が縮こまるように膝を抱えて隠れていた。

「ねぇ、何で隠れてるの?」
「ひっ…!」

ひきつるような高い声を上げて岳人は俺を見た。その瞳には恐怖の色が十分に伺える。岳人の首には首輪があってそれに鎖が繋がれているし、簡単に鎖が取れないように南京錠で頑丈に結び付けている。つまり、逃げる事なんて俺は許さない。

「んーっ…んん、ふ…!」

どうして俺から逃げようとするの?どうして俺から隠れるの?俺と岳人は付き合ってるんだろ?岳人が俺から隠れた事が許せなくて、クローゼットから引き摺り出すと岳人の軽い体をベッドに放り投げた。それから、彼の口に填めていた猿轡を外してやる。

「ねぇ、岳人は俺の味方じゃないの?」

ベッドに沈んだ岳人の体にゆっくりと覆い被さって尋ねた。付き合って初めて岳人を抱いた時よりも痩せた体を指でゆっくりと撫で上げるだけで岳人は体を震わせる。感じやすい岳人の体って不便だよね、そうさせたのは紛れもなく俺だけど。

「や、…春樹っ…怖い、やだ…!」
「黙れよ、下に聞こえるだろ?」

一際大きな声を上げた岳人の口を俺の左手で力強く覆った。一階には俺の家族が普段と何の変わりもなく生活している。この家で狂っているのは俺と俺の部屋の中だけだ。

俺は怖いんだ。全ての人間が、全部の物事が俺の敵のように見えて。全ての人が俺の存在を非難しているみたいに見えて怖い。だから俺は岳人を連れ込んだ。岳人は俺を好きって言ってくれた数少ない人だったから。

ちゃんと解ってる。こんな事をしても何も変わらないって。余計に岳人が離れて行くだけだって。だけど今の俺の支えは岳人だけだから、岳人を手放すのが何よりも恐ろしくて怖いんだ。岳人は俺の味方だよね?

「…岳人」

じわじわと岳人の瞳に涙が溜まって、遂にはそれが双眼から流れ出した。ぼろぼろと零れ落ちる岳人の涙をぼんやりと見つめながら空いている右手でそれを拭ってやる。

「んっ…んん、…っう…」

俺の左手の隙間から岳人の嗚咽が零れては部屋に響く。泣かないで、なんて切なくなりながらも、そうさせているのは自分だと俺が俺に囁く。俺が岳人を壊しているのは何よりも確かな事実で。

「……ごめんな」

気づいたら自分でも聞き取れないくらいの音量で無意識に呟いていた。岳人が目を見張った気がしたけど、それに気づかないふりをして岳人の額にそっと口つけた。





腕の中で眠る岳人をもう一度よく見れば、泣いた為に真っ赤に腫れた瞼、随分と痩せた体、俺に叩かれて腫れた頬、背中や腕には青色の痣が残っている。そうさせたのはやはり俺で。

「……岳人」

囁くように呼びかけても眠っている岳人は返事をしない。たったそれだけの事なのに世界に一人取り残されたような気がして怖くなった。誰もいない、誰も俺を見てくれる人がいない。そんな世界。

「っ…」

そんな感情を誤魔化すように腕の中にいる岳人を強く抱き締めた。岳人の体温が俺に伝わって俺は一人じゃないと感じる事が出来る。


春樹が、好き、なんだけど…


照れたような表情で俺にそう告げた半年前の岳人が脳裏に蘇った。俺も好きだ、と告げたら岳人は幸せそうな嬉しそうな表情で微笑んだっけ。俺には二度とあのような微笑みは見れないだろう。それを奪ったのは紛れもなくこの俺なんだから。

「…岳人…ばいばいしよっか」

怖いよ、怖い。この言葉を紡いでいるこの瞬間にも恐怖が俺を支配して不安になる。だけど、そんな俺の不安と恐怖なんて岳人のものと比べたらちっぽけなんだろう。

岳人を抱き締めていた腕をゆっくりと離すとベッドから起き上がって壁に掛けられている制服のポケットを漁った。胸ポケットの内側に手を入れると冷たい感触。手を抜き出せば小さな鍵が出て来た。

再びベッドに近づいて岳人の首輪に触れた。そして鎖と首輪とを繋いでいる南京錠の鍵穴に先程取り出した鍵を差し込んで回せば簡単に南京錠は外れて鎖は岳人の首輪から外れた。続いて岳人の首輪も取り去ってやる。

「痕…ついちゃったな」

そっと岳人の首に残ってしまった首輪の痕に触れれば、岳人は擽ったそうに身を捩らせた。そんな岳人の可愛い仕草に微笑みを溢しつつ、岳人の服を畳んでベッドのサイドテーブルに置いた。

「岳人、好きだよ。ごめんな…好き、大好き…愛してる」

そっと岳人の唇に自分のを重ねると数秒だけその柔らかな感触を味わった。これで最後だから許してほしい。ごめん、ごめんな。本当にこれで最後にするから、最後のキスにするから。岳人の閉じられた瞼から流れた涙は、きっと俺の霞んだ視界の見せた幻だろう。

名残惜しくも唇を離すと筆箱の中からカッターを取り出して、今日岳人が隠れていたクローゼットに入り込んだ。カチカチカチと刃を出すだけで時間が長く感じる。ばいばい、憎いこの世界。所詮は俺の勝手な被害妄想でしかなかったけど。

「…ばいばい、岳人、愛してる」

手首に押し当てたカッターの刃は今までの何よりも冷たく感じた。君の幸せの為に俺は逝くよ。君をこれ以上は傷つけたくないから。これが今まで岳人に酷い仕打ちをした俺が岳人に出来るただ一つの救済方法。ばいばい。






柔らかな掌握
(俺のエゴで君を傷つけた)
(こんな俺でも願いが叶うなら)
(もう一度君の隣で生きたかった)