俺の好きな人は心底鈍いと思う。俺がどんな気持ちを抱いているのかも知らずに、毎日の様にあんな笑顔を向けるのだから。

俺の想い人である宍戸亮はこんな俺の気持ちに気づいていないのだろう。だからあの人は毎回のように無邪気な笑顔を俺に向けるのだろう。そんな事実を切なく思いながら、今日も俺は彼の姿を目で追いかける。




「春樹!屋上行こうぜ!」

ほら、まただ。俺に無邪気な笑顔で喋りかけるから俺の心臓は有り得ない程に高鳴って顔が熱く感じるのが自分でも解る。どうして昼御飯を食べに行こう、と誘われただけでこんなにドキドキしなくてはいけないんだ。心中ではそう思いながらも宍戸の後ろを歩くしか出来ない。

好きな人に触れたいと思うのは少なくとも俺の中では最も大きな欲求で。何度宍戸に触れたいと思ったのか計り知れない。だけどもし触れて今の関係が崩れたらどうしよう、と思うだけで背筋がスッと冷たくなる。

結局は怖いんだと思う。今の仲のよい友達という関係が壊れる事が。進展する事を望みはしても、崩れる事は決して望みたくはない。二分の一の確率のように思えても、俺の願いが成就する事は百分の一程の確率なのだと思う。




「あれ?…宍戸、誰もいねぇぞ」
「どうせ四時間目の授業が長引いてるんじゃねぇの?」

屋上に到着してみれば、いつもなら岳人や鳳が来ているのに珍しく今日は誰もいなくて。多分宍戸の言葉通りに授業が長引いてるんだと思う。宍戸と二人きりだという滅多にない空間に胸を高鳴らせつつも平然を装う。

「あー…先に食べてようぜ?」
「あいつらには悪いが、そうするか」

宍戸は余程腹が減っているらしく俺の提案にすんなりと同意して腰を下ろすと弁当を開け出す。流石に宍戸の隣に座る勇気なんて俺にはなくて、正面に腰を下ろす事にした。

宍戸と俺は青空の下、二人きりで弁当を食べ進める。いつもより五月蝿い俺の心臓の音には気づかないふり。


「でさ、忍足が…」
「ははっ。マジで?」

部活での出来事を話す内に俺の先程までの異常な胸の高鳴りは収まっていた。これなら普通に話せる、と心中で安堵しながら思った途端に、


「あ、春樹、ご飯粒ついてる」


俺の口元に触れた宍戸の指。一瞬の出来事だったけれど有り得ない程に俺の心臓は高鳴りを取り戻して、顔に熱が集まるのが解った。

その後に宍戸が無邪気に笑いかけるものだから、今までセーブしていた気持ちが俺の頭の中を駆け巡ってグルグルと渦巻いていた。好きだ、と言いたい。だけど答えがイエスじゃなかったら?

「…宍戸」

気づいたら好きだと言うよりも先に体が動いていた。俺の唇は宍戸の唇と重なりあっていて。柔らかい宍戸の唇の感触が俺の唇越しに伝わった。





触れてしまったら最後
(今まで抑えていた気持ちが)
(気づいたら溢れ出していた)