携帯の画像フォルダを開くと今となっては懐かしい写メが出て来た。確か夏にこっそりと部室で眠っていた精市を勝手に撮った時のだ。最終的にはバレて恐ろしい目に合ってしまったたが、雅治の協力のお陰で再び俺の画像フォルダに戻って来た。

懐かしいな。あの頃は何も知らなくて何も解らなかった。今では知りたくない事だって知ってしまうし、解りたくない事だって解ってしまう。例え俺がそれを望んでいなくても。

「…精市」

ぽつりと呟いた名前は暗い部屋に消えてしまった。今では俺の呼びかけに返事すらしてくれない。いや、出来ないの方が正しいのか。俺は群馬、精市は神奈川。遠距離恋愛にも程がある。

もしも父親の転勤さえなかったら今も俺は精市と上手く付き合っていく事が出来たのだろうか。そうすればケンカなんてしなくて済むのだろうか。

俺が立海にいた頃は楽しかった。今では4年も前の話だけど。精市がいて、真田がいて、ブン太に雅治に赤也にジャッカルに蓮二に柳生。みんなでテニスをして、テスト前には勉強会開いて。

「楽しかった、な…」

やっぱり呟いた言葉は空気に消えてしまった。俺が群馬に来て4年が経った。俺は新しい生活に、精市はテニスにお互い忙しくてまともに連絡さえ取れなかった。当然のように俺達の間には擦れ違いが生じるわけで、そうすればケンカにもなる。


「本当に精市が俺の事を好きなのか解らねぇって言ってんの!」
「だから言ってるだろ!」
「言ってねぇよ!」


電話でのケンカだったけれどあの精市が珍しく声を荒げた。今思えば俺は何て馬鹿なんだろう。精市はテニスで忙しいはずなのに。

俺はあの立海メンバーがいないテニスなんてやる気が起きるはずもなく、アッサリとテニスを辞めてしまった。でもテニスは好きだ。またいつか立海テニス部でテニスが出来ればいいのに。

「もう…無理だよな?」


電車で数時間、歩いて数十分、俺は精市の家の前にいた。会いたかったから。だけど愛を確かめるなんて事はしない。俺がするのはピリオドを打つ事。

「…春樹」
「…よぉ…久しぶり」

久しぶりに見た精市は随分大人びていたけれど然程変わりはないようだった。相変わらず19歳になった今でも大学でテニスを続けているらしい。俺は就職活動に忙しい毎日だけれど。

「とりあえず…入りなよ」

一昨日のケンカが未だに尾を引いているらしく精市の態度はどこかよそよそしい。そう思う俺だってケンカのせいで精市とは気まずい。

「いや…いいよ」

精市からの申し出を断った。空は薄暗くまだ夜が明ける前だ。冷静に考えればなんて非常識な時間に来てしまったんだろう。精市だって寝間着のスエット姿だ。

「…さよならを言いに来たんだ」

ビクリと精市が肩を震わせて俺の瞳を見る。やっと目を合わせてくれた。精市の瞳に微笑んだ俺の顔が写る。最後くらいは笑ってさよならを言いたい、なんて俺の勝手な希望だけど。

「本当に楽しかっ「春樹は言ったよね」

俺の声を遮って精市が言葉を紡いだ。俺には俯いている精市の表情が見えない。だけど精市の声は震えている事だけは確かに解った。

「俺の笑顔が好きだって」

俺さ、精市の笑った顔、好きだな。

確か中学3年生の秋、俺が立海から転校する時に精市に言った言葉だ。俺と離れるという事実に精市は戸惑った。そんなどこか泣きそうな表情の精市に言った言葉だ。

「俺から笑顔を奪い取る気なの?」

顔を上げた精市の瞳はゆらゆらと揺らいでいてあの時よりも泣きそうだった。そんな精市を見たら別れようなんて決心があっという間に崩れ去った。

「っ…」

気付いたら精市は俺の腕の中で。抱き締めた俺の腕を振り払う事なんてせずに精市は俺の背にしがみつく。今が人気の少ない時間帯でよかった。人目を気にする事なく精市を抱き締められる。

「精市は…本当に俺でいいの?男と男では結婚も出来ないし、周りから反対されるんだぞ?」

俺が群馬で学んだ事は、立海のテニス部メンバーのように誰しも俺達の恋愛を応援してくれるわけではないって事。それから、俺達の恋愛は端から見れば理解出来ないと判断される事。

「そんなのどうだっていいよ」

精市が小さく声を発した。それは今まで俺が悩んでいた事を打ち砕く言葉で、精市の声に耳を澄ませる。だって、と彼は言葉を続けた。

「俺は春樹の他には何もいらない」

その言葉を聞いた途端にどうしようもなく精市が愛しく思えて、無理矢理上を向かせると荒々しく唇に吸い付いた。本当に人気のない時間帯でよかった。

「っ…精市…大好き」
「んぅ…俺、も…っ」




(キスの合間に呟く愛の言葉)
(俺も精市がいれば何もいらない)
(結婚出来なくても反対されてもいいや)
(だって精市が隣にいてくれるだろう?)