精市が入院して一週間が経った。相変わらず立海テニス部は活気がない。元々厳しい練習なので活気がないのも解るが、部長が欠けたという事で部員のモチベーションは下がりに下がっている。


「やっほー、精市」
「春樹!?」

病室のドアを開けば精市が驚いたように俺を見た。そんなに驚かなくてもいいじゃんか、と思いつつも精市の隣に腰を下ろした。つまりはベッドの上で。ギシッと軋むベッドの音に少しだけ興奮したのは内緒。

「珍しいね、二日続けて来るなんて」

確かに昨日ブン太と雅治とジャッカルの四人で精市のお見舞いに来たのは事実で。駄目だった?、と尋ねれば精市は微笑んで「いや、嬉しいよ」と言葉を返してくれた。

ぐい、と俺の隣に座っている精市の腰を抱き寄せた。入院する前よりも随分細くなった精市の腰周り。腰だけじゃない。全体的に精市は痩せたと思う。悪い意味で。

ぎゅうっと精市の手が俺の背中にしがみつくように回されて、俺の首筋に精市の顔が埋められる。不安な時の精市の癖だ。振り絞るように精市が俺の名前を呟く。

「……春樹…」

つい先日まで精市は立海のテニスコートに立ち、部員達の指揮を取り、俺達と笑い合っていた。それなのに突然倒れて、入院して。精市が不安になるのも無理はない。

少しでも精市の不安な気持ちが薄くなるようにキツく抱き締めると、精市の腰を持ち上げて俺の脚の上に座らせる形を取らせる。座って抱き締め合うよりも密着出きるから俺はこの体勢が好きだったりする。

本当は俺だって淋しいんだ。今まで当たり前のように隣にいた精市が突然いなくなって、学校の敷地内で精市の姿を見る事は出来なくなった。精市に触れたくても簡単には叶わなくなってしまったから。

「あ…そろそろ面会時間の終了か」

時計を見れば俺が来た時よりも一時間は経っていて、今までずっと抱き合っていた事を知った。俺の体の上から精市を下ろすと床に置いていた鞄を肩に担いだ。

「また来るから…じゃあな」

ぐしゃぐしゃと精市の頭を優しく撫でて微笑むと、精市も「楽しみにしてる」と言葉を返してくれた。病室のドアに手をかけると、ドアを開こうとして止めた。原因は俺の背中に抱き着いた精市で。

「…春樹…淋しい…?」

俺の腹に回された精市の腕にそっと触れながらも「平気だよ」と嘘をついた。淋しいなんて言ってしまうのは余りにも俺の我儘のような気がして。だって精市は不安を隠しているのに俺だけが心情をさらけ出すなんて嫌だったから。

「…嘘つきだね、春樹は」

精市の紡いだ言葉に心臓が大袈裟にドキンと跳ねたような気がした。いくらなんでも俺の心中を読むなんて無理なはずなのに。振り返った俺に精市はキスを一つ落としてくれた。

「淋しい時の春樹の癖」

癖?そんなもの俺にあったか?、と今までの行動を思い返しても心当たりが全くと言っていい程ない。多分眉間に皺が寄っていたのだろう。そんな俺を見て精市が小さく笑った。

「俺を脚の上に乗せる時って、大抵春樹が淋しがってる時なんだよ」

そう言われて漸(ようや)く謎が解けたような気がした。とは言っても俺は意識的にしたのではないのだが。つまりは無意識の行動で。自分にそんな癖があるなんて初めて知った。

「逆に聞くけど精市は不安じゃないの?」

俺の突然の問いかけにもやっぱり精市はいつもの儚いような消えそうな笑顔で言葉を返した。「大丈夫だよ」と。体の向きを変えると精市の唇に勢いよく俺の唇を重ねた。

「大丈夫だよ」だって?急に倒れて、入院して、今だって検査中で。誰よりも何よりも不安なのは王者立海テニス部の部長の精市のはずなのに。

「コートでは部長としての精市だけど…俺と一緒にいる時くらい幸村精市として接してくれよ」

唇が触れたままの距離で、精市と視線を交わらせながら呟いた。それは俺のたった一つのお願いで。案の定精市は「春樹だって俺に嘘ついたくせに」と悪態をついたけれど。

「…春樹…」
「…ん?」
「………っ怖、い」

俺の首に腕を回して呟いた精市の震えた声は俺の耳にちゃんと届いた。やっぱり不安な時の癖で、精市は俺の首筋に顔を埋めていて。紛れもなく精市の本心だった。





(もし神様がいるのなら、何でもするから)
(精市の病気を今すぐにでも治してくれよ)
(結局は神頼みしか出来ない弱い俺は唇を固く噛み締めた)