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 時計の秒針が進む音だけが静寂に響く深夜。俺は音をたてない様にこっそりと布団から抜け出した。銀時と神楽を起こさない様に抜き足で廊下を歩く。別に万事屋を深夜に抜け出す事は初めてではない。これまで幾度となく行った事だ。闇夜に紛れて要人の暗殺を行う、それが俺に課せられた権利でもあり義務でもある。俺がこの仕事を始めた理由なんて簡単だ、金が手に入るから。勿論この仕事は常に危険と隣り合わせだが、その分手元に入る金額もそれ相当である。ただそれだけの理由で俺はこの世界に足を踏み入れた。俺を必要としてくれた銀時達に恩返しがしたかったもの理由の一つだが、俺に出来る事はこれくらいしか無かったから。新八みたいに家事や料理が出来るわけでもないし、神楽の様に力が凄いというわけでもない。所詮俺がこの万事屋においてもらっていても、何一つ彼等の役には立てないのだ。万事屋で過ごす内にそんな現実が嫌でも突き付けられた。

「何処行くんだ?」

突然背後から声をかけられて心臓が止まりそうになった。慌てて振り返ると、寝ていたはずの銀時が鋭い眼光で俺を睨んでいた。ちゃんと寝ているか確認したはずなのに、と思わず俺の口から言葉が口零れてしまった。今更自分の失態に気付いても遅い。

「夜中に家抜け出すなんて何処の不良少年だオメーは」

がりがりと頭を掻き回す銀時から目が離せない。俺の脳内に浮かんで来る言葉はどれも言い訳じみた物ばかりだった。どうしよう、と思いつつも下を向いて唇を噛み締めた時には遅かった。俺の肩に銀時の手が伸ばされて、思い切り廊下の壁に叩きつけられた。息が詰まるような痛みに眉を顰める。

「俺が何も知らないとでも思ってたか?」
「…な、にが」

ぐっ、と銀時に身体を壁に押さえつけられたまま胸倉を掴まれて、俺はついに身動きが取れなくなってしまった。鼻と鼻が触れ合うくらいの距離で銀時は尚も言葉を吐き出す。

「惚けんなよ。お前が夜中に抜け出してる事くらいお見通しだつってんだよ」
「っ…」
「言えよ。今日も何処行くつもりだ」

今まで何度も行ってきた仕事も彼には知られていたと言うのだろうか。何時もは死んだ魚の様な銀時の瞳が真っ赤に染まっていた。本気で怒っている、と俺は即座に理解した。俺が無断で仕事をしていたという事実が彼にとっては許せないと言うのだろうか。いや、彼は優しいからきっと違うだろう。

「い、えない」

振り絞る様に言葉を吐き出すと胸倉を掴んでいた銀時の手に更に力が入った様な気がした。いくら銀時に尋ねられようとも俺には自分の仕事内容を口にするなんて事は出来なかった。夜中に抜け出して要人の暗殺をしています、なんて口が裂けても銀時に言えるはずなかった。こんな事をしていると知られたら、銀時は俺をどう思う?汚らわしいと軽侮するだろうか。それとも呆れて俺を追い出すだろうか。壁に押さえつけられたまま、ぼんやりとそんな事を考えた。

「…そーかよ」

低く唸るような銀時の声が俺の耳に届いたのと同時に、銀時の唇が俺のに触れていた。その事実を脳で認識するよりも先に銀時の舌が俺の咥内にいとも簡単に侵入して好き勝手に蹂躙している。荒々しくて、まるで噛みつくみたいに。

「…んっ……ぎ、ん…」

銀時から逃れようと身体の捩ってみるものの彼は微動だにしない。それどころか俺の抵抗に少なからず腹を立てたらしく、先程よりも乱暴な口づけをしつつも俺を抱き寄せた。がりっ、と銀時に噛まれた俺の唇から鉄の臭いが漂う。

「……臭うんだよ」
「…はっ、…はぁ…」

荒々しい口づけから解放された俺の息遣いと銀時の言葉だけが静寂に包まれた万事屋に響く。彼は尚も低い声色で言葉を紡ぐ。

「お前ェから幾ら洗っても流れる事のねェ血の臭いが」
「っ!」

知られてる、と瞬時に理解した時にはもう遅かった。目の前にいる彼は俺が夜な夜な行っていた仕事の内容を知っている。闇夜に紛れて要人を殺害している俺の仕事内容を。

「なぁ、春樹、」

何も聞きたくないと首を左右に振る俺の頬を銀時は掴んだ。俺の視線と銀時の視線が至近距離で交わり合う。怖い、と思った。銀時の真っ赤な瞳が俺の知らない銀時の様で。

「…行くなよ。俺ァお前を失いたくねェんだ」

誰かに心臓を鷲掴みにされた様に身体の中心が苦しかった。銀時は俺を必要としてくれている。万事屋に居ても何の役にもたてない俺を。だけど、俺は―――…

「………ごめん、銀時」

するり、と銀時の一瞬の隙を利用して俺は彼の腕から抜け出した。そして銀時が動揺している間に彼の首目掛けて思いきり手を降り下ろす。

「っぐ、…、春樹…」
「ありがと、銀時。誰よりも銀時を大切に想ってる」

銀時の薄れゆく意識の中で俺は静かに呟いた。これで良かったんだ。いくら大切な人から行くなと言われても俺は行かなくてはならない。気を失った銀時の銀髪を撫でて一度だけ彼の唇に自分のを重ね合わせた。

「銀時、愛してる」

俺は闇夜に紛れて万事屋を後にした。今回も要人の暗殺を行う為に。





この仕事から簡単に足を洗えるなんて事は不可能に近い。裏切り者には制裁を、がこの仕事に入った時からの絶対条件だから。現に俺は何度も裏切り者の処理を行ってきた。裏切り者の結末なんて解りきってる。

「…今回はコイツだ。今頃遊郭で遊女と盛っているだろうよ」

クツクツと依頼主は下品に笑いを零した。今回は幕府の情報を春雨に流した容疑のある天人。依頼主から渡された写真をしっかりと脳裏に焼き付けて俺は指定された遊郭の部屋へと向かった。

「――――…」
「―――――…」

部屋の入り口に立っただけでも解るくらい遊女の喘ぎ声が耳に届いた。どうやら依頼主の言う様に二人は情事中らしい。腰に差した刀の柄を掴んで刀身を抜くと部屋の襖に手をかけて静かにそれを開いた。

「…っ!」

一瞬何が起こったのか解らなかった。ただ感じるのは腹部を鉄の塊に撃ち抜かれた事だけ。数秒の時間が過ぎて、二発目が俺の左肩を貫いた。

「…く、そ…っ…!」

嵌められた、と漸く理解した。最初から依頼主は俺を処分するつもりだったのだ、と。部屋には遊女と情事を交わす天人が一人、そしてその傍らで鉄砲を構えている天人が一人いた。

「逃げたぞ!追え!」

天人の怒鳴り声を聞きながらも俺は必死に遊郭を飛び出した。貫かれた腹部と左肩が酷く痛むが立ち止まってはいられない。早くこの場から逃げなくては、と俺の脳内で警報が鳴り響いていた。

「ち、くしょ…畜生…!」

所詮俺は用無しという事だろうか。今まであの依頼主の為に何十人と殺害してきた俺を必要ないと言うのか。地面に俺の血が零れ落ちては土に滲む。このままでは万事屋に帰れない。血の跡を追って奴等がやって来てしまう。銀時や神楽を危険な目に遇わせたくはなかった。

「…どー…すっかな、」

人目のない裏路地ばかりを通って俺は逃げる。行く宛などなかった。俺はこのまま死ぬのだろうか。これ以上歩く事が出来なくて俺は壁を背にしてずるずると座り込んだ。頭に浮かぶのは銀時の事ばかりだ。

「…ごめんな、銀時」

瞼を閉じる前に見えた朝日は酷く眩しかった。





同じ夜を並べて眠れ
(だから、きっと)
(銀時が俺の名前を呼ぶ声と)
(抱き抱えられている感触は)
(俺の勘違いなんだと思ってた)