もしかして雅治は香水を着けているのだろうか。ふと、突然そんな疑問が頭を掠めた。今は昼休憩の最中で、屋上でいつものように立海のテニス部メンバーで昼飯を食べた後だ。


「もーらいっ」
「あー!俺の唐揚げー!」
「昼食くらい落ち着けぬのか!」


両耳では赤也とブン太と真田の賑やかな会話を聞きつつも視線は真っ青な空に向けたまま先程の疑問を思い出す。はたして雅治は香水を着けているのだろうか。

ちらり、と隣で横になっている雅治に視線を移す。相変わらず飄々とした態度で瞼を閉じていた。どうやら寝ている様子だ。雅治に続いて俺も背中を地面に預けた。

「雅治、寝てんの?」
「…」

返答はない。どうやら本当に眠っているみたいだ。俺にとっては何故真田と赤也とブン太の騒がしい会話を聞きながら眠れるのか不思議で仕方がない。

右に寝返りを打てば雅治の顔が至近距離にあった。瞼はピクリとも動かない。つまらない、と内心で悪態を吐きつつも銀髪に手を伸ばした。サラサラの銀髪が手から溢れ落ちる。本当に、綺麗。

「…へへっ、もーらい」

雅治の髪を束ねていた髪留めをするりと銀髪から奪い取ると、意味も無く俺の黒い髪の襟足に結び着けてみる。いつもは一つに纏(まと)められている銀髪が風に舞った。

「(あ、まただ)」

再び先程嗅いだ事のあるいい香りが俺の鼻を霞めて消えた。やっぱりこの匂いは雅治の香水なんだろうか。気になったので雅治の首筋に顔を近づける。

「…何しとるんかのぅ」

ぐい、と突然頭を押さえつけられて俺は雅治の首筋に鼻から突っ込む形になってしまった。うん、この格好は我ながらダサい。

「ちょっ…雅治、息が…」
「わんぱく小僧には丁度いいじゃろ」

楽しそうな声色で雅治は俺の後頭部から手を離そうとはしない。ちょっと、本気でヤバい。何がって、雅治の香水の匂いが鼻をダイレクトに刺激してもう色々とヤバい。

「…雅治、俺、勃ちそ――…あだっ!!」

言葉を最後まで発するより先に雅治が俺の後頭部を、押さえつけていた手で勢いよく叩いた。お陰で俺の頭には鈍い痛みが残る。畜生、本当の事を言おうとしただけなのに。

「TPOくらい考えんしゃい」
「…タイム、パトロール、おじさん?」

雅治は呆れたように盛大な溜め息を吐いた。ちょっ、そんなに憐れむような瞳で見なくてもいいじゃん。ほんのジョークで言ってみただけなのに、そこまで呆れられるとは思ってなかったよ。

「それよりも返すナリ」
「…あ!」

するり、と俺の襟足を結んでいた髪留めを雅治が奪い去った。いや、元々は雅治の物なんだけど。俺の襟足の髪が風に舞うのとは反対に、雅治の銀髪が一つに纏(まと)められた。あーあ、結構雅治の髪留め気に入ってたのに。

「…ね、雅治って香水着けてんの?」
「ピヨ」

どうやら教える気はないようだ。ケチ。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないか、と内心で悪態を吐き出した。それでも疑問は収まらなくて。

「じゃ、確かめていいの?」
「お好きなように」

そう言って挑戦的に笑った雅治の顔は酷く官能的で、何故か無性にドキドキした。先程の俺の言葉通りに雅治の首筋に鼻を近づけて、止めた。

俺だけが余裕がないって何だか悔しいから顔の行き先を変更して、俺の唇を雅治の唇へ。お返しとばかりに思い切り深いキスをしてやろう。



興奮材料
(君の香水の匂いでさえも)
(俺を興奮させる材料にしかならない)
(俺と雅治の唇が触れるまで残り2cm)
「ねぇ、何してるの?」(…幸村の馬鹿野郎)