五年後設定


十五才だった俺もあっという間に二十歳になってしまった。今となっては昔のようにテニスをしてコートを走り回っていた事が懐かしい。今日は立海大付属の中等部のクラスメイトで同窓会。


「川瀬君、久しぶりだね!」
「おー、久しぶりー」

名前すらまともに覚えていない女子に挨拶を適当に返して、俺はブン太と雅治のいる席に近づいた。

五年経ったブン太は髪が少しだけ伸びていて顔つきも大人っぽく成長していたが、あの赤い髪色は健在だった。きっと女子が放っておかないだろう、と簡単に想像出来る。

一方の雅治は俺と同棲していて日々一緒にいるからあまり大きな変化には気づけない。だけど、これだけはハッキリ言える。雅治は妙には色っぽくなった、と。女性ではないので体つきが色っぽくなったのではなくて、周りの雰囲気がだと思うけれど。

「ブン太ー、久しぶりー!」
「なっ、春樹!?」

俺を見た途端にブン太は有り得ないと言うような瞳で俺を見つめた。え、何その目。驚きと呆れが入り交じった視線を向けられて妙に居心地が悪い。

「中学の時と変わり過ぎだろぃ!」
「え、そう?」

自分の体を見つめても特別痩せたとか太ったとかの変化は全く見当たらない。変えた所と言えば日焼けで痛んでいた茶髪を仕事に当たり障りのないように黒く染めたくらい。今日はワックスで緩く仕上げている。

「ブン太の方が変わったと思うんだけど」
「春樹、えぇからこっち座りんしゃい」

雅治が俺に隣の席に座るように促した。そこは丁度ブン太とは隣り合わず、雅治に隣り合う席で。然り気なく雅治が妬きもちを焼いている事を可愛く思いつつも雅治に促された席に座ると軽く雅治の頭を撫でてやる。ご機嫌取りなんかではなくて、愛しさ故の行為だ。



「川瀬君!川瀬君!」
「えーっと…何?」

同窓会も無事済んで、これから雅治と帰ろうとしていた矢先に同じクラスだった女子に話しかけられて足を止めた。早く雅治と一緒に家に帰りたい気持ちを遮られて少しだけ苛立ちながらもそれを顔に出す事なく振り返る。

「この子、覚えてる?」
「確か…井畑さん…だっけ?」

俺に声をかけて来た女子(多分、雪城さん)の後ろからそっと顔を覗かせた女子の名前を思い出して紡げば、井畑さんは嬉しそうに顔を赤く染めた。この展開は危ない気がする。俺の持ち前の勘がそう囁いている。

「川瀬君、まだ独身でしょ?この子、中学の時からずっと川瀬君が――…」
「ちょっ、ちょっと、飛鳥ちゃん!」

井畑さんが慌てて雪城さんの発していた言葉を遮る。どうやら俺の勘は悲しくも当たってしまったようだ。先程の雪城さんの言葉から解るように、多分井畑さんは俺に好意を抱いているらしい。とは言っても俺は今隣にいる雅治以外は好きになれない。

「川瀬君もう二十でしょ?そろそろ結婚しないと!」

恐らく雪城さんは俺の為を思って言ってくれているのだろうし、井畑さんの為でもあるのだろう。つまりは全く悪気がないわけで。だけど「結婚」という言葉を雪城さんが発した時に一瞬だけ雅治の顔が悲しそうに歪んだ。

俺は男で雅治も男。世間では同性愛という言葉で簡単に表現されるけれど、俺は男が好きなのではない。雅治だから好きになったんだ。それだけは断言出来る。

断言する事が出来ても、結婚とか子作りとか普通なら当たり前のように出来る事が俺達には出来ない。その事実を納得していてるつもりでも、やはり心の片隅では普通の事を望んでいるのだろうか。…解らない。

「…春樹、先に帰っとくぜよ」
「え、ちょっと、雅治!?」

俺の制止の声も聞かずに雅治は俺に背を向けて同窓会の会場を後にした。一緒に住んでるの?、と尋ねた雪城さんの言葉も俺を熱っぽい瞳で見つめる井畑さんも、今となってはどうでもよかった。雅治とこの二人とでは優先順位がまるで違う。俺は雅治を追いかける。


「雅治…!」

部屋に急いで帰ってみれば、雅治はソファーに横になってイヤホンで音楽を聴いているらしかった。音漏れが酷い。雅治が大音量で聴いている事は簡単に予想出来た。

「…おかえり」

俺に気づいたらしい雅治はそう俺に声をかけた。何事もなかったように雅治は装っているが三年も同棲していればそれが偽りだと簡単に解る。俺は雅治からイヤホンを奪い取って手中に納めた。

「…ちゃんと言ったから」

俺がイヤホンを取ったから雅治が怪訝そうに俺を見ているが気にしない。真っ直ぐに雅治の瞳を見据えて俺は言葉を紡ぐ。

「大切な恋人がいる…だから井畑さんの気持ちには応えられないって」

雅治の顔が驚いて唖然となって、それから段々と泣きそうな顔になった。珍しく眉が八の字に下がっている。でも、多分、雅治は泣かないだろう。

「俺は…結婚とか子作りとか嫌いじゃないけど雅治が隣にいてくれるのなら、そんなのいらない。だから、」

すう、と小さく深呼吸をして目を一度閉じると再び雅治の瞳と見つめ合った。ゆらゆらと揺れる雅治の瞳。前言撤回。多分、雅治は泣く。


「俺が灰になる日まで一緒にいて下さい」


この言葉は俺なりのプロポーズのつもりだった。結婚は出来ないからプロポーズと表現するのは可笑しいのかも知れないけど。

灰になる日、つまりは俺が死ぬ日の事で。一般的に結婚して下さいと言う事は俺達の関係とは合わなくて。だからこそ、俺が灰になる日まで一緒にいてほしい。

「っ…はい」

先程に前言撤回した通り雅治は泣いた。そうは言っても、涙を一筋流しただけなんだけれど。雅治が愛しくて愛しくて、耐えきれずにソファーに押し倒して唇を重ねた。




灰になる日まで
(涙味のキスとプロポーズ)
(君だから全部が全部愛しい)