夢主S気味


授業という物は嫌いな教科であればあるほど集中出来ない物だと思う。現に今は嫌いな理科の授業の真っ最中。当然、集中出来ない。

「この時間帯の金星の動きはー…」

先生が意味の解らない説明をだらだらと続けて行く。金星の動きなんて勉強してどうするのか疑問だ。将来金星に行くなんて確証がある訳でもないのに。

暇に耐えきれなくて理科室をぐるりと見回す。ガラスの棚には仔猫と思われる動物のホルマリン漬け。壁には元素記号の周期表。机の上にはガスバーナー。

暇だ。何もする事がない。勉強をすればいいのかもしれないが苦手な理科を頑張ろうなんて到底思えない。なんで理科なんて教科がこの世にあるのだろうか。

ちょっとだけ黒板から視線を動かせばユウジが必死にノートを取っている姿が目に入る。あ、笑った。前言撤回や。ノートはノートでもユウジが書いているのはネタ帳だ。どうせ次の試合で行うつもりのネタだろう。

ユウジから窓の外に視線を写し変える。グランドではどこかのクラスが長距離走をしていた。いや、あのクラスは2組だ。一人だけ派手な髪色の少年がいるのだから。

「相変わらず速いなぁー…」

伊達に浪速のスピードスターを名乗っている訳ではないらしい。先頭を走るスピードスター。それを追いかけるクラスの人達。テニス部部長もスピードスターを追いかけている内の一人だ。

「…あ」

ステーンと気持ちいい効果音がつきそうなくらいに派手に先頭のスピードスターが転けた。倒れたまま動かないスピードスター。それを追い抜かす人達。白石が転けた謙也を爆笑している。

「せんせー、金星の話聞いてたら腹痛くなったので保健室行って来ますー」

ユウジが何でやねん、と粋のいいツッコミを入れてくれたお陰で教室は軽く笑いが起こった。その雰囲気に乗って俺は教室を抜け出す。何が面白いのか理解不能だが、今回はユウジに感謝だな。


「失礼しますー」
「え、春樹?」

ガラリと保健室のドアを開けば謙也が椅子に座っていた。突然の訪問者に驚いているらしい。保健室の先生は今は不在の様子だ。机の上に見回り中の紙が置いてある。

「さっき体育で転けたやろ?」
「え、何で知ってん!?」

理科室から見えた、と付け加えれば「春樹は理科嫌いやもんな」と返って来た。謙也の膝からは見事に血が流れていて、見ているこっちが痛々しい。

「手当てまだやろ?俺がしたるわ」
「手当て出来んの?」
「当たり前や。マネージャーやぞ、俺」

勝手に棚から救急箱を拝借すると蓋を開ける。中から適当に包帯と消毒液、ガーゼ、ピンセットを取り出した。謙也が不安そうな顔してる。どうせ怖いのだろう。やっぱりヘタレや。さて、始めますか。

「膝出して」

俺の指示にゆっくりながら謙也が血の流れる膝を差し出す。うわ、間近で見ると余計に痛そうや。その痛そうな膝に戸惑う事なく消毒液をぶっかけた。

「い゛!ちょ、痛い痛い!!」
「うっさい!我慢しや、このヘタレ!」

膝にかけた消毒液をピンセットで掴んだガーゼを使って素早く拭き取る。表面の砂も一緒に。謙也が痛い痛い叫んでるけどお構いなしや。砂が付着したまんまやったらバイ菌が付着したままっちゅー事やで。俺かて恋人に傷痕なんて残したくないし。

「はい、終了」

包帯でぐるぐるに巻かれた膝を軽く叩いてやった。当然謙也はまた痛いって叫んぶ。本当にオーバーなやっちゃな。

「…鬼や」

余程痛かったのか謙也は涙目で俺を睨んでいる。そんな事しても可愛いだけなんやけど。謙也の瞳には段々と涙が溜まって、ついに涙が一筋溢れた。

「あー…謙也、ごめんって」
「うっさい…あほ」

完全に拗ねてしまった謙也は俺に背を向けてぐすぐすと鼻を鳴らしている。流石にちょっと苛めすぎたかな。だって謙也可愛いんやもん。好きな子ほど苛めたくなるっちゅー話や。あ、謙也の口癖移った。

「…謙也、悪かったって」
「…」
「…謙也」
「…」
「はぁー…泣くなって」
「泣いてへん…」

泣いとるやんか。謙也が鼻をぐすぐすと鳴らしとんのが聞こえる。謙也の背後に近付くと後ろから謙也を抱き締めた。

「え…春樹…?」
「俺が悪かった…やから許して…?」
「……おん」

謙也の後ろから前に移動すると涙で濡れている瞼にそっと口づけた。そのまま口にもキスしようとしたけど、謙也に止められた。

「春樹…好き…」
「おん…俺も好きやで」

俺の言葉に安心したように謙也が赤くなりつつも微笑んだ。そのまま俺は愛しい恋人にゆっくりとキスを贈る。




キスをする前にしておきたいこと
(好きか嫌いかの確認)
(つまりは不安の解消)
(好き子ほど苛めたくなる)