あ、倒れる。

そう思って半ば反射的に出した俺の腕は届くはずなんてなくて空を虚しく切るだけだった。俺の左斜め前の左隣の彼がふらりと倒れそうになって、何とか踏ん張る。

「先生ー、財前君がー」

彼の右隣の女子が近くの養護の先生を呼ぶ。その間にも彼、財前光は青白い顔で今にも倒れそうにふらふらしてる。あー、また朝食を抜いて学校に来たのだろうか。

校長の無駄に長ったらしい話が途切れる事はない。光が倒れそうになったのを横目でちらりと確認すると養護の先生に移し変えて再び話を再開させた。全く、生徒の心配くらいすればいいのに。

「財前君、大丈夫?」
「別に…平気っすわ…」

何が平気なんだ。先生と光の会話を聞きながら思った。あれだけ朝食は食べて来いと言っているにも関わらず、光はあんまり食べて来ない。いや、最初に比べれば食べるようになった方か。

俺が一人で考え込んでいる間に光は先生に連れられて体育館を後にした。あーあー。謙也がおろおろしてる。謙也は優しいからなぁ…。そんなに心配しても謙也なんかに光をやらへんで。光は俺のや。

「って、あほらし…」

無意識の内に一人で散々自分と話し込んでいて軽い自己嫌悪に陥った。自分に自分で話しかけるとか気持ち悪っ!あ、白石と目が合った。何その呆れたような目線は。俺はユウジみたいなめでたい頭してへんで。



ガラリと扉を開けば直ぐに消毒の匂いが俺の鼻を霞める。相変わらずこの匂いは苦手だ。人工的な匂いはどうも好きになれない。例えば香水とか鼻が曲がりそうになる。

「光ー、おる?」

問いかけても返事はなく、代わりに返って来たのは静寂だけ。養護の先生は職員会議でいない、と先程白石から教えてもらった。一番奥のカーテンの閉まったベッドに近付くとそっと顔を覗かせる。

「ひか…」

目にした物はすやすやと心地良さそうに眠る光だった。音を立てないようにコッソリとベッドに近付いて光の寝顔を勝手に拝見する。

「わ…可愛ぇ」

左側を向いている為に顔は左手で隠されているが少しだけ見えるのは閉じられた瞳、長い睫毛、うっすらと開いた唇、小さく上下する肩。あーやばい。これだけで俺の理性が飛んで行きそうや。

キョロキョロと辺りを見回して誰もいない事を確認する。よし、誰もいない。ちょっとくらいならいいよな?本人に確認するなんて事はせずにゆっくりと顔を光に近づけた。

「…ん」

ちゅっと軽いリップ音を立てて俺の唇と光の唇が離れる。名残惜しいが今回はこれだけで我慢しよう。内緒でキスした事が本人にバレたら何を言われるか解っているから。

「やっぱり、春樹先輩は変態っすわって言われるんだろうなー…」

ベッドの端に腰を掛けながらバレた時の事を考えるだけでも頬が緩む。変態って言われても光を離す気なんて毛頭ない。好きの意味も込めてもう一度だけ唇を触れ合わせた。




眠り王子
(俺だけの眠り姫)
(あ、光は男だから眠り王子か)
(愛しい君が目覚めるまであと2秒)