「春樹、」

隣の席の財前光に話しかけられた。何気に光とは2年間クラスが一緒で仲が良かったりする。俺はバスケ部なのでテニスの事は良く解らないが、光はよく俺に部活での不満を愚痴る。

「何?」

光の呼びかけに振り返ればまたいつもの愚痴だった。全く…。しかも毎回聞かされるのはダブルスを組んでいる3年の忍足先輩の事で、俺はただ相づちを打つだけだ。

忍足先輩は足が早いらしく、自分はそれを誇りにしているらしい。自称浪速のスピードスター。自分でスピードスターって名乗るなんて別の意味ですごいと思う。

「ほんでな謙也先輩がサーブの時に…」
「うん」

こうして聞いていると忍足先輩は先輩なりに光を気遣っているらしい事は容易に解った。ただ光はそれに気付いていない様子だが、俺がわざわざ教えるまでもないだろう。いつか光が自分で気付けるだろうし。

光曰く、忍足先輩はアホでヘタレで足が早いらしい。あ、それとヒヨコ頭。どんな先輩なのか一度でいいから見てみたい。

毎回のように光は忍足先輩の事を悪く言っているが、最終的には「あんな先輩もおるんやな」と嬉しそうに語るのがお決まりだった。全く、それは本人に言え。

1年の時から光と一緒なので光の事は大抵解る。ピアスや素直でない態度によって上級者には良く思われていない事も、本当は冷静に状況判断が出来る事も、実は忍足先輩をペアとして大切に思っている事も。

「ほんまに謙也先輩はヘタレやし…」
「光ー!誰がヘタレや!」

突然の大声に声がしたらしいドアを見れば上級者がいた。隣で光が「謙也先輩やん」と呟いた声が辛うじて聞こえた。あれが、忍足先輩。…確かにヒヨコ頭やな、うん。

「お前はもうちょっと年上敬えっちゅー話や!」
「年上って1歳しか違わんじゃないっすか」

いつの間にか忍足先輩は教室に入って来ていて、光と言い争いをしていた。見る限り忍足先輩の次の授業は移動教室らしく、教材を持っている。どうやら通りかかった時に光の愚痴が聞こえてしまったらしい。

「ほら、謙也先輩が怒鳴るから春樹がビックリしてるじゃないっすか」
「え!?」

光の紡いだ言葉に驚いて忍足先輩が慌てて振り返った瞳の先には俺がいて、俺も慌てて会釈をする。ちゅーか、今まで俺に気づいてなかったんかい。

「あ…ども、川瀬春樹です」

そうすれば忍足先輩は人なつっこい太陽みたいな笑顔で返してくれて、俺がそれを見た途端に心拍数が有り得ない程に上昇した気がしたような不思議な感覚に陥った。ドキドキして、心臓がきゅーってなるような不思議な感覚。




一目惚れ
(あ、俺、恋に落ちました)
(心拍数は無駄に急上昇中)