夢主2年設定



部室に入るとベンチに不機嫌そうな顔で座っている二年生レギュラーの財前光と目が合った。相変わらずピアスがキラキラ光って派手だ。

「……何してんの」
「…別に」

今の季節は部室に汗の臭いが充満しやすいので週三でマネージャーの俺が掃除している。先程部室に入った時も汗の臭いがハンパなかった。ちなみに今日も掃除の予定。

「今日はダブルスの練習やろ?」

部室の窓を開けながらも視線を彼に向ける事なく財前に話しかける。それにしても臭いなぁ。いっそのことトイレ用の消臭剤でも机の上に置いてやろうか。あ、ラベンダーの香りがするやつな。

「光がはよ行かんと謙也先輩が困るんちゃうん?」
「別に俺なんかおらんくても謙也さんは困らへんわ」

相変わらず不機嫌そうな表情で光が呟く。はぁー…。何があったんや。光と謙也先輩は頻繁にトラブルを起こす。本人達は望んでトラブルを起こしているわけではないのだろうけれど。

「休憩が終わるまではおってもええから。…ただし休憩終わったら練習出えよ」

眉間に皺の寄った光に呟くとバケツに水を入れる為に部室から出る。水道には行かずに捜すのはテニス部部長の白石先輩。白石先輩なら原因を知ってはるだろうから。

「…白石先輩」
「ん?春樹、どないしたん?」
「あの…謙也先輩と光なんですけど…」

俺が本題を口にすると白石先輩はあー…と困ったように少しだけ苦笑いを溢した。白石先輩が言うには謙也先輩は白石先輩に俺が悪いからと言って話そうとしないらしい。

「…全く、光のあほ」
「春樹にも苦労かけるなぁ…」
「や、気にせんといて下さい」

俺が出来る限り説得しますんで、と言えば白石先輩は俺に堪忍なと謝った。白石先輩が悪いわけではないのに。さて、部室に戻りますか。


「…」

部室に戻ると空気が痛かった。部室には不機嫌な顔の光と、どうしようかオロオロしている謙也先輩がいる。もー…これ以上問題起こさんといてや。

「…何してはるんですか」
「春樹…いや、ダブルスの練習しよう思うて…」

俺が部室に来た事に安堵したらしく謙也先輩が俺の名前を呟いた。つまりは光を呼びに来たって事ですか。何でそれだけの事でこんなに空気がピリピリしてんねん。

「光…せっかく謙也先輩が呼びに来てくれたんやし、練習行って来ぃや」

休憩終わってんねんで?と俺が優しく声をかけても光は一方的に無視。もう、何やねん。意味解らんわ。

「謙也、財前ー?もう休憩終わって…」

いつまで経ってもコートに現れない光と謙也先輩を呼びに来たらしい白石先輩が部室に入って来た。気まずさは余計にアップや。ちらりと窓の外を見れば小春先輩とユウジ先輩がコートで待っている。

「ひか「いい加減にせぇよ」

謙也先輩の声を遮って俺が言葉を発する。予想以上の低い俺の声に白石先輩と謙也先輩はビックリしてはるけどそんなんどうでも良かった。

「光が練習に行かへんから謙也先輩に迷惑かけてる事が解らへんの?」
「いや、春樹、俺は別に「ええから、黙っといて下さい」

口を挟もうとした謙也先輩を一言で黙らせる。光はまだ俺を無視したまま。いい加減にせんと俺でもキレるで?

「俺はマネージャーやから選手である光や謙也先輩の苦労なんて解らへん。せやけどな、迷惑をかけていい時といけん時があるやろ」

白石先輩が俺に言葉を紡ごうとしたけれどそれを許す事なく俺は喋り続ける。

「現に今だって光が拗ねてるから小春先輩とユウジ先輩にも迷惑かけてんねんで?白石先輩にもや。光はレギュラーなんやからそんくらい解れや」
「…春樹、それくらいにしとき」

「大体、謙也先輩は何で光に怒らんのんですか。光が後輩だからですか、光がパートナーだからですか?それに白石先輩も何で何も言わへんねん。どんないい選手でも甘やかしたら駄目になる事くらい解ってはるでしょ?」
「春樹!」

光に名前を大きな声で呼ばれて我に返った。今、俺は何を言ってた?謙也先輩と白石先輩の顔を見る事なんて出来なくて、すみませんと呟くと部室を飛び出した。





「…最低や、俺」

苛々が爆発して関係ない謙也先輩と白石先輩を巻き込んでしもうた。謙也先輩だって光を大切な後輩だと思っているから怒れないだけなのに。白石先輩だって光と白石先輩自身がかぶって見えるから甘やかしてしまうだけなのに。ちゃんと解ってたのに。

「…俺はただのマネージャーやからあんな事言える立場じゃなかったのに」

最低、最悪や。謙也先輩はあの優しい性格やから誰からも好かれる人なのに。白石先輩は光の辛さを解ってくれる人の中の一人なのに。

「…春樹!」
「あ…白石…先輩」

何で白石先輩がここにいるのだろうか。先輩は軽く息が切れていて走って来た事は明白だった。…どうしよう。むっちゃ気まずい。

「あ、の…さっきは…すみませんでした」
「何で春樹が謝るん?」
「や、だって…俺、あんな事言える立場じゃないのに…白石先輩と謙也先輩の事を悪く言ってもうたし…」

申し訳なくてまともに白石先輩の顔が見れない。あーもう。俺は何であんな事を言ってしまったんやろうか。恥ずかしくて消えたい。

「…俺は春樹がああ言ってくれて嬉しかったんやけどな」

ぽつりと呟かれた白石先輩の言葉に反応して今まで下げていた顔を勢いよく上げた。そこには嬉しそうに微笑む白石先輩の姿。今、なんて…?

「あの言葉は春樹が部活内をよく見てくれとるっちゅー証拠やろ?嬉しいやんか」

俺は唖然。白石先輩はそれに、と付け足して再び言葉を紡ぐ。ジリジリと太陽が肌を焼いて少しだけ痛い。

「マネージャーと選手やからって壁作るの止めん?春樹も俺等もみんなで四天宝寺テニス部やねんから」

な?、と俺に微笑みかける白石先輩の笑顔は綺麗で心が暖かくなった。あかん、むっちゃ心臓がドキドキする。




夏休み最後の日
(君に恋をしたある八月三十一日の出来事)
(夏休みを失った俺は新しい恋を手に入れた)