俺の目の前には緑色の液体の注がれたコップが妙な威圧感を放ちながらもしっかりと存在している。そして俺の少し離れた隣には緑色の液体を美味しそうに飲む謙也と白石。事の始まりは数十分前に遡る。



「自分、不健康そうやなぁー」

部活が終了して部室で着替えていた時に不意に白石が言葉を発した。その声は俺に向けられたもので。少なからず部室にいたみんなの視線が俺と白石に向けられた。

「は?俺、健康体やし」
「見た目は健康体やけど、春樹、野菜食べへんやん?絶対に体内はビタミン不足やで」

流石四天宝寺のバイブル、もとい健康オタクの白石蔵ノ介。誰も体内のビタミンの心配なんて考えないはずなのに白石は違う。なんたって健康オタクなんだから。

「そんな事言われても…ちゃんと筋肉あるやん」

ほら、腹も割れとるし、とカッターシャツを広げて腹筋を見せたが白石は納得してくれない。正直に言えば俺は大の野菜嫌いで。出来る事なら野菜なんて食べたくない。

「春樹は小さい時から野菜嫌いやからなー」
「ちょっ、謙也、余計な事言うなって」
「野菜嫌い?春樹、そらアカンわー」

一日の野菜の最低摂取量から始まって仕舞いには野菜が体内でどんな働きをするのかまで白石は延々と語り始めた。くそ、謙也覚えとけよ、なんて心中で悪態を吐きつつも白石の話に耳を傾けるふりをする。

失礼だと思いつつも野菜嫌いの俺は端から白石の話を聞くなんて事はしない。右耳から入って左耳から抜け出ている状態だ。

「…という事で、はい、野菜ジュース」
「どういう事やねん!!」

何処からともなく白石が取り出したのは緑色の液体、つまり野菜ジュースで。野菜嫌いの俺にとっては何としても避けたい飲み物だ。この際、何処から野菜ジュースを取り出したのかなんて事は深く聞かない事にしよう。

「ほら、春樹、美味しいで」
「白石、俺も貰ってもええ?」

ええよ、と白石が謙也に許可を出すと俺の隣では白石と謙也が二人で野菜ジュースをごくごくと飲み始めた。あぁ、確か謙也は青汁が好きだったっけ。野菜嫌いの俺にとってはその光景が未だに信じられない。

「っぷはぁー…ほら、春樹も」
「わ、ちょっ、謙也タンマ!タンマ!」

美味いから飲んでみ、と謙也は悪気のない無邪気な笑みで野菜ジュースを俺の口元に差し出す。ご丁寧に白石が俺の腕を羽交い締めにしていて逃げる事が出来ない。

そして、緑色の液体が口内に侵入した。


「千歳ぇぇえー!!」

俺は物凄い勢いで千歳を捜しながら裏山を走っている。鼻を右手で摘んでいる為に可笑しな格好で走っているが、今はそこまで気にする事が俺には出来ない。

「春樹、どきゃんしたと?」

いつもの場所で横になって空を見上げていた千歳が俺に尋ねたが、答えている時間なんてない。勢いよく千歳に覆い被さると、そのまま千歳に口づけた。

「んっ!?…ちょっ、…ぁ」

半ば強引に千歳の口内に舌を侵入させると荒々しく舌を絡め取って吸い寄せる。とにかく先程から俺の口の中を占めている不快な味を少しでも紛らわしたかった。

「ん…、んんーっ…」

突然のキスで息が続かなくなったらしい千歳が俺の背中を軽く叩いたので、仕方なく唇を離せば銀色の糸が俺と千歳の唇を繋いだ。その光景にムラムラしつつも千歳の額にキスを一つ落とす。

「っ…いきなり…何すんね…」
「何って…キスだけど?」

謙也と白石に大嫌いな野菜ジュースを飲まされて、その後味に耐えられなくて千歳とのキスで口直ししました、なんて恥ずかしくて俺の口からは言えない。こんな俺にだってプライドはある。大体、中三になっても野菜嫌いなんて餓鬼っぽすぎて千歳には言えない。

「…野菜ジュースの味がするたい」

ギクリ、とその言葉に思わず肩を震わせてしまったのが千歳にバレていない事を祈ろう。だけどそんな祈りは無駄に終わった。

「白石にでも飲まされたと?」

千歳のその言葉で俺は先程の大事件の起因を話さざるを得なかった。大好きな恋人の前で自分の嫌いな野菜について話すなんて屈辱的だ。畜生、白石のあほ。

「春樹は野菜が嫌い――…」

死ぬほど、と表現するには大袈裟かもしれないがとにかく俺はそれほどに恥ずかしかったのは事実で。千歳が最後まで言葉を紡ぐ前に口封じとして再び唇を重ねた。




黎明コンチェルト
(お口直しと口封じを装って君の唇を貪る)
(強引に舌を絡めるのは君に欲情していたかで)